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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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機女の女神

 ワカヒルメとチヂヒメを探す為、山林の中を歩き進めるコウ。

 しかし、どこを探せば良いのか彼には皆目検討がつかなかった。

 山と一口に言っても広く、タナバタヒメから遠くには行っていない、と教えられてもその範囲はあまり変わらないも同然である。


「何か……ワカヒルメ達が行くような宛てがあれば良いんだが……」


「そういえば……タナバタヒメ様は確か染料を調達しに行ってもらっているって言っていましたね。ならば、染料が採れる所に行けば良いんじゃないんですか?」


 袖の中にいるネネの言葉にコウは「なるほど」と納得する。

 だが、コウは衣に使われる染料が何なのか分からない。

 機織りは女の務めという認識からその手の知識については皆無であったのだ。

 ここは同じ女であるネネの方が詳しいだろう。


「ネネは機や染料についての知識はあるか?」


「そりゃあ勿論! やったことはありませんが、機織りは女の基本的な務めということで母から色々と教えて頂きましたから!」


「ならば、この辺りで採れる染料としては何がある?」


「そうですねぇ……」


 そう問われて少し思案した後、ネネはゆっくりと口を開いた。


「ここは天香具山ですから中つ国と違い、様々な染料の元となる草木が採れるでしょう。私が知っているものですと……あかね紅花べにばなむらさきあい黄蘗きはだ五倍子ふし臭木くさぎ……この他、よもぎや柿の果汁といったものまで……まぁ色が出れば何でも使えますが、この辺りとなるとあるものになります。恐らく、ワカヒルメ様達は臭木の染料を採りに行ったのではないか、と……」


「……なぜ、そう思う?」


 コウはなぜ膨大にもある染料の中から臭木なのかとネネに問い掛ける。

 すると、彼女は迷いの無い口調で答えた。


「この辺りは見渡す限り木々しかありません。先に言った茜、紅花、紫、藍は全て草から採れる染料です。この森にはありません。だとすると野にあるのでは? と思うかも知れませんが、野は先程コウ……いえ、アラハバキ様が通って行かれました。もし、今挙げた染料を採っていたのでしたら、小屋に着く前に遭遇している筈ですがそこには誰もいませんでした。すると、残るは黄蘗、五倍子、臭木……となりますが、黄蘗は一度その木の皮を乾燥させないといけませんので、今すぐに採ることは出来ません。それに女神が二柱で木の皮を剥がすとなると大変ですからね」


「五倍子は?」


「五倍子とは白膠木ぬるでと呼ばれる木の葉に多数の虫が宿ることで採ることが出来ます。女神が虫の集まった葉を集めるのは難しいでしょう。そういうのは男神の務めですし、ましてやその虫が集まっている葉という機を見なければ採れない染料をタナバタヒメ様が御使いとして頼むとは考えられません。それとは裏腹に臭木はその実が染料となり、女神でも集めるのが容易いです。それに臭木の実は絹糸を鮮やかな空色に染めます。きっと、タナバタヒメ様が主に使うのでないでしょうか?」


「どういうことだ?」


「先程、ナキサワメ様が仰られたことを覚えていますか? タナバタヒメ様は虫を飼っている、と……その虫はきっと絹糸を出すかいこでしょう。ですから、きっと絹糸を更に映えさせる臭木だと思うんです」


「なるほど……」


 コウはネネの言葉に感心した。

 今までのことをよく見て、それらを踏まえて考え、答えを出している。


「じゃあ、その臭木を探せば良いんだな?」


「はい。ですが、臭木は目で見つけるものではなく臭いで見つけるものです」


「臭い?」


「はい。臭木の葉は特徴的な臭いを出しますから……ですからこう言っては何ですが……臭い方へ行けば簡単に見つけられる筈です」


「そうか……よし、ならば臭いを辿ってみるか」


 花や果実の無い山林といえど、樹木から発せられる木々の薫りが辺りに広まっている。

 この中で臭木の臭いを嗅ぎ分けるのは困難かと思われたが、風に乗ってきたであろう強い臭気がコウの鼻へと届いた。


「……この臭いか?」


 手で覆う程では無いにせよ、顔色を僅かに変える程の臭いを嗅いだコウはネネに尋ねる。

 ネネは鼻を動かし、宙に漂っているであろうその臭いを嗅いだ後、頷いた。


「はい、間違いありません。それにこの臭いの強さから考えると近くにあるのかも知れません。辿ってみましょう」


 ネネに促され、コウは川を辿るように臭いを連れてきた風を辿って歩みを進めた。

 すると、暫くする内に目の前が拓けてきた。

 そこは空き地のような場所になっており、奥には背の低い木が生えている。

 その傍では一柱の女神が何をしているのか背を向けて下を見ていた。


「いたな……おい、そこで何をしている?」


 コウは歩み寄りながら女神へと尋ねる。

 すると、女神は彼に気付いたのかコウの方を振り返った。

 その女神の顔を見たコウは思わず足を止める。


「お前は―――」


 その女神はコウが天安河の河原で出会った水浴びをしていた女神であった。


「あっ……あなた様は……」


 女神もコウを覚えていたのか言葉を詰まらせる。

 意外な再会に内心驚きつつもコウは再び女神へ尋ねた。


「こんな所で会うとはな……それより、どうしたんだ? そんなに木の上を見て―――」


「はい、実は……一緒に来ていた女神の子が穴に落ちてしまって……」


 コウが近付いて見てみると少し深くなっている大きな穴に幼い女神が足を手で押さえながら涙目で座っている。

 どうやら、落ちた拍子に挫いたらしい。


「私達はこの葉を摘みに来たのですが、一緒に来て下さったチヂヒメ様が足を滑らせてしまって……」


「なるほど。まぁ、土が柔らかくなり、雨などで流されれば穴が出来るなどよくあることだ。…………つまり、あの娘がチヂヒメとなるとアンタがワカヒルメか?」


「えっ? えぇ、そうですが……どうして私の名を?」


「実はアンタ達を探しにここまで来たんだ。詳しくはチヂヒメを助けてから話そう。ここで少し待っていてくれ」


 不安そうな様子のワカヒルメにそう言うとコウはその場を離れて再び山林へと入る。

 そうして、木々を見渡しながら一本の木に巻き付いている蔓を見つけるとそれを引き千切って束にし、自身の神力である紡糸でまとめるとワカヒルメの元へと戻ってきた。


「待たせたな。チヂヒメ! これに掴まれ!」


 そして、今作ったばかりの蔓の縄を穴の中にいるチヂヒメの前に垂らした。

 本当は紡糸を彼女に付けて引き上げても良かったのだが、足を痛めたチヂヒメを見て手荒には出来ないと思い、わざわざ作ったのだ。

 チヂヒメはその縄に掴まり、それを確認したコウは痛みが響かないようにゆっくりと引き上げる。

 そうして、穴の近くまで引き寄せた後、彼女の身体を片腕で抱きかかえて救い出した。


「よし、もう大丈夫だ」


「うぅ……怖かったよぉ……」


 泣きじゃくるチヂヒメをあやすコウ。

 それを見たワカヒルメは頭を下げてお礼を言った。


「申し訳ありません。なんとお礼を申し上げたら良いのか……本当にありがとうございます!」


「いや、気にするな。さぁ、タナバタヒメも心配している。早く戻ろう」


 コウはそう言うとワカヒルメ達が摘んだであろう臭木の葉の入った籠も抱え、彼女達と共にタナバタヒメの小屋へと戻っていった。



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