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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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初めての御使い

 忌服屋を出て高天原の“まち”を抜け……コウは天香具山の目の前まで来ていた。


「昨晩はカグツチに気を取られてあまりよく見ていなかったが……この辺りにも神々は住んでいたんだな」


「そう考えると幸いでしたね……」


「……まぁ、結局は取り逃がしてしまったがな。さて、ワカヒルメ達を探すか……確か、麓にあるタナバタヒメの小屋にいる、と言っていたな」


 ネネの言葉を苦笑混じりに応えた後、コウはその足で天香具山の周りを巡り始めた。

 山からは香しい薫りが漂い、山の名を文字通り表している。

 山林には立派な木々の他に様々な果実の実る木々や白い毛並みをした眷属の動物達が戯れていた。

 一方の麓には誰かが開墾したであろう畑や花々が咲き誇っている。

 まるで中つ国中の山や森、野を一つにまとめたかのような有様にコウは思わず言葉を失う。

 そんな中、彼の袖の中に居たネネが代わりに声を上げた。


「あっ! 家がありますよ!」


 ネネの言う通り前を向くと広がる畑の外れの野の中に一軒の小屋のような家がある。

 その近くには立派な石造りの大きな井戸があった。


「本当だ。もしかしたら、あれがハヅチオが言っていたタナバタヒメの小屋かも知れないな……行ってみよう」


 コウは畑を迂回し、遠回りして小屋の前まで到着するとその中に向かって声を張り上げた。


「すまない! 誰か中に居るか!?」


「は、はい! いますいます!」


 コウの声に住人は驚き、慌てた様子で応じる。すると同時に中で何かが倒れたり、割れたりする音と共に「ひゃあ!」という声まで響き渡る。

 コウはそれを聞いて不安になるが、同時になんだか聞き覚えのあった声に疑問を浮かべる。


(この声……どこかで聞いた覚えが―――)


「お、お待たせしました!」


 もしや、と頭にある者の顔が思い浮かんだ瞬間、小屋の住人はようやく姿を現した。

 その者は今朝、コウを助けるのに奮闘してくれたナキサワメであった。


「ナキサワメ!? ……どうしてお前がここに居るんだ?」


「アラハバキさん!? いえ、どうしてってそれはこちらの言葉ですよ~。だって、ここは私の家ですよ?」


「……ナキサワメの家?」


「はい。私、実は神々が多く居る場所は苦手で……あまり神々のいない静かなこの天香具山に住んでいるんですよ」


「ということは……この畑はお前のか?」


「いえ、違います。私の務めは天安河から遠いこの山に水を与えることなので……この畑は元は中つ国に居た保食ウケモチという神の身体から出てきた種を大熊人オオクマヒトという神が植えて作ったものです。ですから、この畑はオオクマヒトさんの物ですね」


「オオクマヒト?」


「私もよく分からない神なんですが……アマテラス様が遣わした神ということですから、きっと貴い方なんですよ。……すみません、私にはこれくらいしか……」


「いや、ナキサワメが悪い訳じゃない。それより、ちょっとつかぬ事を聞きたいんだが……この辺りでタナバタヒメという女神を見なかったか?」


 話しの流れの変わり目を見つけたコウはようやく本題へと入る。

 それを聞いたナキサワメは自身の家の裏にある森を指差した。


「タナバタヒメさんなら、この家の裏にある森を真っ直ぐ行った所にある小屋にいますよ。何でも、そこでは虫を飼っているとか……」


「虫?」


「私はあまり虫は好きじゃないので行かないんですが……きっと何か衣を作る時に必要なんじゃないんでしょうか? タナバタヒメさんは天安河の傍にある忌服屋の織女でもありますから……」


「そうか……突然来て色々とすまなかったな。ありがとう」


「いえ、それではお気をつけて……」


 ナキサワメに見送られながらコウは山森へと入り、教えてもらった通り真っ直ぐ歩く。

 すると、暫くした後に小さな小屋が目に入ってきた。


「あれだな……」


 確信したコウは小屋に近付き、再び声を張り上げた。


「すまない! ここにタナバタヒメはいるか!」


「はい~、いますよぉ~」


 すると、おっとりしたような女性の声が聞こえ、中から一柱の女神が姿を現した。

 その女神は華奢な身体に頭の上には細く束ねた髪を二つの輪にして結うという特徴的な姿をしていたが、同時に落ち着いた雰囲気も持ち合わせていた。


「あら、この辺りではあまりお見かけしない方ねぇ~。どうしたのかしら?」


「急にすまない。俺はアラハバキという者だ。忌服屋のハヅチオの遣いでここに来た。ここにワカヒルメとチヂヒメという女神が来ている筈なんだが……」


「あら、あの子たちを探しに来たの? でも、ごめんなさい。今、あの子たちはここにはいないわよ?」


「……行き違ったか?」


「いいえ。ちょっと衣に使う染料の調達に行ってもらってたの。だから少し待ってれば来ると思うのだけど……」


 困ったように頬を手に当てるタナバタヒメ。

 確かにこのままここで待っていたら確実に会えるだろうが、この後にアマテラスと会う用事があるコウとしては出来る限り早く済ませたい。

 だから彼は言った。


「ならば、俺が探しに行こう。この後用事があって悠長に待ってもいられないし、それに女神が二柱も山の中で動くのは難儀だろうからな。手伝ってくる」


「あら! 良い方ね、あなた……じゃあ、お願いしても良いかしら? 多分、それほど遠くには行っていないと思うけど…………もし、あの子たちが先に来たら待っているように伝えるわ」


「あぁ、頼む」


「こちらこそ。それじゃあ、お願いね」


 行く先々でやることは増えるものの、コウは不思議と面倒には感じず、ワカヒルメとチヂヒメを探しにタナバタヒメに背を向けて歩き始めた。



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