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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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忌服屋の責任者

 忌服屋とは神々に献上する為の神衣を織る御殿であり、そこでは織女と呼ばれる機織りを務めとする女神達が日夜働いている。

 美しい織物は神を祀る時の最高の供え物であり、女神にとっては基本ともいえる務めの一つだ。

 その為、かつてはアマテラス自身もここでよく自ら機を織っていたとのことで、忌服屋は高天原の中でも神聖な場所であった。

 そこにツクヨミに案内されたコウと野衾のネネがやって来た。


「ここが忌服屋……御殿と聞いていたのでどれほど大きいのかと思っていましたが……」


「あぁ……なんだか思っていたのと違うな」


 忌服屋の外観を眺めたコウとネネは口々にそう呟く。

 確かに大きいといえば大きい……しかしそれは御殿というよりは家を少しばかり広くした屋敷に近い建物であった。

 ツクヨミはその入口に立つと彼らの方を向く。


「ここで待っていてくれ。中に居る者と話しをしてくる」


「あぁ。悪いな」


 そう言ってツクヨミを見送り、その場で待つ。

 すると、僅かに時が経ってから中からツクヨミが出てきた。

 彼女の傍には一柱の男神がいる。

 機織りをする場所に男……しかもその神はその場には似つかわしくないたくましい身体つきをしていた。

 雰囲気はどことなくタケミカヅチに似ているだろうか……コウはこの忌服屋を警護する武神だと思った。


「待たせたね、アラハバキ。この者はこの忌服屋において最高の位を持つ天羽槌雄アメノハヅチオという神だ」


「アメノハヅチオをと申します。アラハバキ殿のお噂は聞いております。どうぞ、私めのことはハヅチオと気軽にお呼び下さい」


「アラハバキだ。よろしく頼むハヅチオ……しかし、機織りの場に男神がいるなんて珍しいな。機を織るのは女神の務めと聞いていたが……」


「はっはっは、そう思われるのも無理はありません。恐らく、中つ国では女神が主に機を織っていたことでしょう。ここ高天原でも男神で機織りを務めとしているのは私だけですからね」


「……何か事情があってこの務めを?」


「いえ、そういう訳ではありません。私の織る倭文しず織が大御神様に気に入られた……ただそれだけです」


「倭文?」


 織り物にはあまり詳しく無いコウがハヅチオに問う。

 彼はその問いに対し、丁寧に答えた。


「倭文織とはこうぞや麻などを材料として布を織る時に横糸を赤や青色に染めて乱れ織りにしたものです。……まぁ、お話しを聞くより実際に見てもらった方が分かりやすいでしょう」


「良いのか? 神聖な場所に俺なんかが入って……」


「ツクヨミ様が連れてきたお方を無下には致しません。それにあなたは男の私が機を織ることを馬鹿にはせず、逆に案じて下さった……普段なら三貴子の方々を除いて男神は入れないのですが、あなたは特別です。さぁ、中へどうぞ」


 そう促して中に入るハヅチオを見た後、コウは傍にいるツクヨミに目を移す。

 ツクヨミはその視線を感じると微笑みながら彼に頷いた。

 それを無言で目を瞑り、静かに受け取ったコウは軽く一礼した後、忌服屋の中に入る。

 中に入ると織女達が皆一心に機を織っていた。

 やがて彼女達は中に入ってきたコウの姿を見ると驚いて作業していた手を止めてしまった。


「あぁ、皆大丈夫だ。この方はあの噂になっていたアラハバキ殿だ。私の許しの下、この中に入って頂いている」


「アラハバキだ。いきなり挨拶も無しに入ってきてすまない。少しここを見せて頂きたい。無論、仕事の邪魔はしないし一切この中のものには手を触れない。だから少しの間だけこの場に居させて欲しい……頼む」


 織女達に向かって頭を下げるコウ。

 その姿にスサノヲを殴ったことを聞いていたせいか怯えるような目で見ていた織女達もどこかホッとしたような顔をする。

 そして、彼女達は各々コウに向かって一礼した後、再び作業へと戻っていった。


「……すごい。普段なら男を見ただけで固まってしまう娘達なのに……」


「アラハバキの誠意が伝わったんだねぇ~」


「誠意なんて大層なものは伝えてないさ。他人の仕事をする場に足を踏み入れるんだから礼儀は当たり前だろう……」


 嬉しそうに話すツクヨミに軽く返すコウ。

 その後、コウはハヅチオから一通りの説明を受けていたが、ふと突然……ハヅチオは何かを思い出したように呟いた。


「そういえば……稚日女ワカヒルメ、遅いな」


「……ワカヒルメ?」


「えぇ。この忌服屋の織女で器量の良い娘でして……今はもう一柱の女神、栲幡千タクハタチヂ々姫と共に天棚機アメノタナバタ姫という女神の所に行っているんですが……帰りが遅いんです。彼女達にはここで作られる衣の材料の調達も頼んでいるので、このままでは衣が作れないんですよ……」


「……ならば、俺が見てこようか?」


 困った、といった様子で頭を抱えるハヅチオを見たコウは思わず名乗り出た。

 それを聞いたハヅチオは驚いて彼を見る。


「えっ……よろしいんですか?」


「あぁ。俺は本日の朝よりアマテラス……いや、大御神様より万神に任命されて神々の頼みを聞くことになったからな。……それに衣を作ってもらうのに何もしないのは申し訳ない」


「おっ、早速万神の出番が来たねぇ~。ハヅチオ、この際だから頼んじゃいなよ」


「……少し、待たせてしまうかもしれないけどな」


「姉様のこと? それなら、心配しなくて良いよ。ボクから上手く伝えるから……」


「本当によろしいんですか? ならば……お願いします。彼女達は今、天香具山の麓にあるタナバタヒメの小屋にいる筈です」


「天香具山だな? 分かった、行ってくる」


「じゃあ、ボクはここで少し寝て待っているよ」


「あぁ。少し休んで待っていてくれ」


 そう言うとコウは忌服屋を出ると袖の中にいるネネと共に天香具山を目指して駆け出して行った。

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