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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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新たな友

 各神々達と別れた後、コウは先程のツクヨミの言葉に従い、独り通りの裏へと回る。

 夜にも何度か通ったが、そこは昼間も同様にあまり神々がいる様子は見えず、物陰が多くを占めている為か薄暗い。

 そんな裏通りの一画にひっそりとツクヨミは佇んでいた。


「おっ、来たね」


「待たせて悪かったな。それにさっきは世話になった……ありがとう」


「礼には及ばないよ。今回の件はボクの愚弟がしでかしたこと……キミがその責を被ることなんて微塵も無いんだから……」


「……ところで、どうして俺を試すだなんて嘘を吐いたんだ? 天安河の河原で会った時は初対面だっただろう?」


「……キミともう一度話しがしてみたい。そう思ってさ。あんなくだらないことで命を散らすには惜しい存在だよ」


「…………そこまでの存在じゃない。悪いが、話しなら後にしてくれないか? 今は用事が―――」


「用事というのは……この子のことかな?」


 ツクヨミはそう言うと徐ろに自身の袖の中に手を入れ、何かを取り出す。

 その手の中には野衾となったネネがいた。


「ネネ!? 無事だったか!」


「コウ様!」


 コウの姿を見るやネネは彼に飛び付き、首元まで移動する。


「良かった……コウ様、良かったです……」


「お、おいネネ……ここでその名は……」


 擦り寄って来るネネにコウはたじろぎながらもツクヨミを見る。

 彼女の前で真名を話され、彼の心は凍りつく。

 だが、そんなコウとは対照的にツクヨミは温かな笑みを浮かべていた。


「大丈夫。キミのことは彼女から教えてもらったよ。魚の神のコウ」


 ツクヨミの口から出てきた言葉にコウは驚いてネネを見る。

 ネネはその視線に対し、申し訳なさそうに俯いて応えた。


「……申し訳ありません。私だけの力じゃコウ様をお救いすることが出来ないと考え、たまたま居合わせたツクヨミ様に事情を話して協力して頂いたんです」


「まぁ、そういうことだから彼女を責めないでよ。話さないと協力しない、って言ったのはボクだからさ」


「……俺の正体を知ったところでどうするつもりだ?」


 ネネを咎めることもせず、コウはツクヨミに向かって尋ねる。

 正体を知ったうえで自身を助けた彼女の真意が分からないからだ。

 けれども、その問いに対してツクヨミは態度を変えずに言い放った。


「どうもしないよ。言ったでしょ? もう一度話しがしたかった……ただそれだけさ」


「…………天津神の考えは分からんな」


「分からなくて良いさ。何も考えていないんだから……というか、弱みを握って利用するなら万神なんて考え、姉様に進言したりしないでしょ?」


 ツクヨミの言う通り、今ここにコウがこうして無事でいられるのはシオツチやタケミカヅチのみならず彼女の言葉によるものが大きい。

 逆にいえば彼女の言葉一つであの場でコウの命を散らすことだって出来たのだ。

 だからこそ、コウはツクヨミの言葉に対し腑に落ちないような顔をした。

 そんな彼の姿を見たツクヨミは軽く溜め息を吐く。


「……はぁ~。気に入った者を助けるのに理由なんているかい?」


 その言葉からは裏は感じられず善意が感じられる。

 それを聞いたコウは内心驚きつつ、素直にその気持ちを受取りたいとは思うもやはりそれなりの理由が欲しかった。

 例え建前であったとしても、そうしなければ彼の心が納得しないのだ。


「……気まぐれで助かった命というのは俺の中では納得しかねるからな」


「あ~もう、面倒だなぁ……分かった。じゃあ友達になる為に助けたってことにしといてよ。そうすれば納得するでしょう?」


「友達?」


「そう。まぁ……その……ボクは今まで独りだったからさ……なんというかその……自分のことを知っている者が欲しかったというか……なんというか―――」


 今までとは違い、歯切れが悪くなるツクヨミ。

 コウはその様子を見て、彼女が今まで味わった孤独を改めて思い描いた。

 女であるのに男として、身内や周囲の者達に隠して生きていくのは孤高の存在とはいえ辛いだろう。

 もし、誰か事情を知る者が傍に居たら少しは楽になっていたに違いないが、周囲は誰もが彼女を特別視して近寄ろうとはしない。

 そんな中、事情を知らない国津神であるコウがツクヨミの正体を知った。そしてそれを受け入れた。

 だから彼女は真の正体を知ったとしてもコウを助けた。

 互いを知る者同士が助け合う……それはまるで昔のミズチとコウの関係そのものだ。

 もし、ここでコウがツクヨミを拒んだら彼女は再び辛い孤独に苛まれるだろう。

 そして、コウも正体を露見されることを恐れながら日々を過ごしていかなければならない。

 けれども、そんな利害云々以前にコウは純粋にツクヨミの恩に報いたいと思っていた。

 これ以上、国津神だからと意地を張らなくても良いだろう。

 それは女神相手に野暮というものである。


「分かった分かった。もういい、それ以上は聞かない。…………俺で良かったらお前の友になろう。それで恩に報いることが出来るなら容易いものだ」


「えっ? いいの?」


「あぁ。俺とネネからしても事情を知っている者がいるだけで助かるからな」


「はい!」


「あ……あ、ありがとう! コウ、ネネちゃん……」


 口元を押さえ、顔を伏せるツクヨミの目にはうっすらと輝くものが見える。

 コウは敢えて、それには触れずツクヨミへある注意を促す。


「それと、ツクヨミ。悪いが俺のことは―――」


「分かってる。皆には秘密にするから安心して」


「助かる」


「良いよ。それより、コウ……じゃなかった。アラハバキはこれから姉様の所へ行くんだよね?」


「あぁ」


「なら、そんな衣じゃいくらなんでもねぇ……」


 ツクヨミの指摘する通り、コウの神衣は昨夜の戦いでボロボロになっておりとてもじゃないが主宰神であるアマテラスと話しをするには失礼な身なりとなっていた。


「これはお前がやったんだろ?」


「あっ! 自分だってあんなに戦ってボクの衣を無茶苦茶にしたのにそう言う!? ……まぁ、先に挑んだのはボクだから仕方ないけどさぁ……」


 ツクヨミはいじけるような素振りを見せるもやがて「仕方ない……」と溜め息を吐きながら呟いた。


「じゃあ今回はお詫びも兼ねてボクが衣をあげるよ」


「せっかくの好意はありがたいが、お前の衣は俺には合わないんじゃないか?」


「誰がボク“の”衣をあげる、なんて言ったのさ!? 誰が!」


「じゃあどうするんだ?」


「ふっふっふ……案ずることはないさ! 実はキミ達も知っている天安河の近くに忌服屋いみはたやという衣を織る御殿があるんだ。そこの織女おりめに頼んでキミの衣を織ってもらおう!」


「忌服屋……あそこの近くにそんな所があったなんてな……」


 御殿に気付かなかったコウは唸るようにツクヨミの話しを聞く。

 そんな彼を見ながらツクヨミは元気よく叫んだ。


「よぉーし、それじゃあ早速行こう!」


「……一つ思ったんだが、お前……夜を統べる神なのに元気だな」


「…………実の所、ボク朝方は苦手なんだ。だから忌服屋に着いたら衣が出来るまで少し眠らせてもらうよ」


 元気な様子から一転……疲れきった様子を見せたツクヨミを見て、コウは彼女の体力を無駄に使わせない為に無言のままその後に付いて行った。



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