日輪の帝
ネネがツクヨミに事情を説明している間、コウはとうとうアマテラスの座す神殿の前へと来てしまった。
「……座って暫し待たれよ」
厳かにタケミカヅチがそう言った為、コウとシオツチはその場に座る。
周りにいる天津神達がざわつくそんな中、不安そうな顔で彼ら三柱を見る者達がいた。
「アラハバキ……」
「大丈夫よ。ナキサワメちゃん! あたしも一緒に出てあげるから!」
「うん……ありがとう、ウズメさん……うぅ……緊張する……」
オモイカネ、アメノウズメ、ナキサワメである。
彼らはアマテラスへ嘆願する為、こうして集まってきたのだ。
「きっとここにはスサノオ様とアマテラス様が出てこられる筈……その時、ナキサワメさんがアマテラス様へ事情を話せばきっとアラハバキは助かる!」
「よぉ~し! あたしも一肌脱ぐからね!」
「ウズメさんは脱がずに着て下さい!」
自身の衣を脱ぎ始めようとするウズメをオモイカネは止める。
そんなやりとりの中、ナキサワメが心配そうに呟いた。
「でも……大丈夫かなぁ……?」
「ん?」
「あのアラハバキって神……夜に脱走したうえに天津神を何柱も倒したんでしょう? ……私の弁解だけで……助かるかなぁ……」
ナキサワメの言葉にオモイカネもウズメも静かになった。
そう、ナキサワメの言葉が強い効力を持つのは昼間の出来事のみ。
夜についてはオモイカネ達は全く手助け出来ない。
もし、そこを突かれたらコウはどうしようも無い。
一同が強い不安を感じ始めた時、一柱の神が叫んだ。
「神殿から誰か出てくるぞ!」
その言葉に全ての神々は神殿へ目を向ける。
そこから出てきたのはスサノヲ、そしてアマテラスの世話をする侍女の女神達であった。
「お~お~いい気味だな。テメェ」
神殿から出てきた途端、ツクヨミはコウを見つけニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる。
だが、コウは眼中に無いのか無言を貫く。
それを見たスサノヲを「チッ」とつまらなさそうに舌打ちすると、隅の方に移動して座り込む。
スサノヲが変に動きを見せない辺り、アマテラスはもうすぐ来るのだろう……とコウは推測した。
すると、間も無くして神殿から眩い輝きを放ちながら一柱の女神が出てくる。
それと共に天津神達から歓喜の声が上がった。
「天照大御神様だ」
そうタケミカヅチが教える。
一同全てが平伏す中、コウはただ独り顔を上げてその姿を拝観した。
綺麗な黒髪を靡かせ、絹の衣を身に纏い、頭には小さな鏡のような冠を被り、首には揺れる度にきららかな音色を放つ無数の玉で出来た玉飾り…………そして幼さが少し残る顔立ち。
美しいと言わざるおえないその姿だが、コウは一度どこかで出会ったような気がしてならなかった。
衣は違うものの以前、天安河で出会った女神によく似ている。
だが、高貴な女神があんな場所でしかも一柱だけで水浴びしているなんて考えられない。
コウはジッとアマテラスの瞳を見るかのように凝視する。
アマテラスはコウの視線に気付く。
一瞬、驚いたように目を見張るもののその瞳が揺らぐことは無かった。
(……俺の勘違いか)
思い違いかと感じたコウは視線をアマテラスから逸らす。
それと同時に伏せていたタケミカヅチが顔を上げた。
「おはようございます、アマテラス様。此度、朝早くからで申し訳ございませんがお伝えすることがございます」
「……なんでしょう」
厳かながらも優しい口調だが、河原で出会った女神とは違う。
やはり間違いか……とコウは改めて感じた。
「昨日、スサノオ様がこのアラハバキに暴行を受けたことは存じておりますでしょうか?」
「……存じています」
「では、昨夜……この者がその咎により天香具山にて縛られていたにも関わらず、そこから脱したうえ、何名もの天津神を倒して逃亡を図ろうとしたことは存じていますでしょうか?」
「しらな……い、いいえ、存じていません」
タケミカヅチとアマテラスのやりとりを聞いていたコウは何かおかしいと感じ始めた。
何となくぎこちないというか、アマテラスの言葉がタケミカヅチと違って所々変なのだ。
「このアラハバキはその後、天安河にて傷だらけで倒れている所を発見された訳ですが…………この者の処遇をアマテラス様に決めて頂きたいと思いまして―――」
「ちょっと待って下さい!」
タケミカヅチが進言している最中、オモイカネが叫びながらアマテラスの前に出てくる。
ウズメとナキサワメも一緒だ。
「何事だ! 無礼ぞ!」
「承知のうえです。これが終わりましたらいくらでも責めを受けましょう。ですが、一つ言わせて下さい!」
「オモイカネ!? それにあの時助けた女神と……誰だ?」
驚くコウを尻目にオモイカネはナキサワメを自身の元に引き連れてくる。
「アマテラス様、彼女はアラハバキとスサノヲ様が喧嘩をする際……そのきっかけとなった女神です。彼女の証言を聞いて下さい!」
「オモイカネ! 何をしている!? 早くさ―――」
「いいえ……言わせて下さい、アラハバキさん。……これは…………あなたの為です」
コウの言葉を遮ったナキサワメは泣きそうな声でアマテラスに自身の思っていることを話した。
「あの時……もし、アラハバキさんが止めて下さらなかったら私はここにおらず、スサノヲ様に殺されていました……ですから……ですから此度の件についてはどうかお許しを……」
「はぁ!? なに言ってんだよ、そもそもお前ぇがオレ様の誘いに乗らなかったからこんなことになったんだ。お前ぇも同罪だ!」
「そ、そんな……」
「ちょっと! いくら何でもそれは酷いわよ! 悪いのはスサノヲ様じゃない!」
「なんだとぉ!」
「静まれぇ! アマテラス様の御前であるぞ!? 言い争うなどもってのほか!」
タケミカヅチの一喝でその場は静まり返る。
「されど―――」
その静まり返った後、タケミカヅチはアマテラスに向かって再び進言した。
「この者達の言うことも一理あります。それに元はといえばこのタケミカヅチが止めに入らなかったことに非があります。ですから、このアラハバキの責は私にあります。……もし、アマテラス様がこの者に死を望むなら……このタケミカヅチ、我が愛剣を身に突き刺してアラハバキと共に黄泉路へ旅立つ覚悟はあります」
「タケミカヅチ……」
「このシオツチからもお願い致します。この者を高天原へ連れてきたのは私であります。どうか、全ての責はこのシオツチに……」
「シオツチ……」
タケミカヅチ、シオツチまでもが自身の為に頭を下げる姿を見てコウはいたたまれない気持ちになった。
多くの者に迷惑を掛けて申し訳ない……そんな自責の念に駆られている。
そんな彼らの様子をアマテラスはジッと見つめていた。




