現る救い主
翌朝、ツクヨミとの戦いで負った傷が癒えないままコウは縄で縛られた状態でタケミカヅチに連れられ、神殿への道を歩いていた。
その傍ではシオツチが険しい顔で彼に付き添っている。
コウは沿道にいる天津神達の目に晒されながらも傍にいるシオツチに向かって口を開いた。
「……すまなかったな、シオツチ。お前とワタツミ殿の顔に泥を塗ってしまった」
「……謝るくらいなら始めからこんな真似などしなければ良いではありませんか。あなたらしくもない……」
コウの方を向かず、シオツチは前を向いたまま咎める。
本来なら、タケミカヅチはその会話を止めなければならない立場であったが、思う所があるのか聞いていないフリをして黙認している。
そんな彼らを察してかコウも前を向いて静かにタケミカヅチに聞こえないように答えた。
「…………俺の“探しているもの”が目の前に現われた。それを見た途端、抑えきれなくてな」
「なっ!? それはまさか!」
「フッ……まぁ、結局この様になっちまったけどな……」
自嘲気味に笑うコウを見てシオツチは言葉を噤む。
コウの目的をシオツチは理解している。けれど、それをタケミカヅチを始め他の天津神達に知られてはいけない。
それ故に彼はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
コウもそれ以上は何も言うつもりは無いのか、顔を上げて真っ直ぐ前を見る。
その目には神殿の入り口が映っていた。
※※※※※
その頃、ネネは野衾の姿でコウとシオツチの様子を建物の物陰からそっと伺っていた。
コウがツクヨミと戦った際、彼女は彼の衣の中に身を潜めたまま茂みに隠れていたのだが二柱の戦いの決着が着いた後、すぐにタケミカヅチ達がやっていた為にたった独りその場から逃げ出したのだ。
そして今はコウを助ける為に機会を伺っているのだが、なにぶん周囲の目がある為に迂闊に動くことが出来ない。
(どうしよう……このままじゃコウ様が―――)
何としても殺される前に助け出したい。
けれども、それには自分だけの力では不可能に近い。
どうすればいいか……そう考えている最中、彼女は不意に自分の身体が持ち上げられていることに気付いた。
「へぇ~、こんな所に野衾がいる。珍しい~」
その声を聞いたネネはギョッとし、恐る恐る振り向いてその主を見る。
聞き覚えのある声……つい昨夜聞いたばかりなので忘れもしない。
そこには身体に布を巻いたツクヨミがいた。
(ツクヨミ! あんな戦いの後にどうしてここに!?)
確かにツクヨミの傷は軽いとはいえ、そんな翌日に歩き回って良いほどのものでは無い。
療養で出歩けないのが普通である。
けれども、不審に思われてはいけない…………ネネは驚きを隠すように野衾の振る舞いをして逃げ出そうとする。
だが、ツクヨミは鋭かった。
「……下手な真似はよしなよ。キミ、国津神だろう? アラハバキの衣の中から感じた神気と同じだから彼の関係者かな?」
もう既にバレている。
ネネは諦め、目を潤ませながら答えた。
「もう私のことを…………クッ! …………コウ様、申し訳ありません……このネネが力不足の為にあなた様を助けることが出来ず……せめて黄泉路までお供を……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何もまだ殺すなんて言ってないじゃない!」
本気で慌てながら弁解するツクヨミを見てネネは目を丸くする。
「えっ……だって私を始末する為に探してたんじゃ?」
「国津神ってのはどれだけ血気盛んなのさ……」
呆れたように溜め息を吐いた後、ツクヨミはネネを自身の肩に乗せてその場から離れると小さな路地へと入る。
そして、周りに聞こえないよう静かに話した。
「キミを探してたのは殺す為じゃない。大雑把に言えば目的はキミと同じさ」
「えっ……じゃあ、まさか―――」
ネネの言葉にツクヨミは頷く。
「あぁ。あの男……アラハバキを助けたい。ボクは昨夜、彼と戦ったことを知られない為に敢えて先にあの場を去った。けれど、アラハバキは今あんな状態だ。ボク達が戦ったことは誰にも知られていない筈……なのになんで彼は縛られている?」
「……あなたは夜を統べる者だから全て知っているんじゃないんですか?」
「勿論、夜に起こったことは全て知っている。アラハバキが天香具山から逃げたことも暴れ回っていたことも……だけど、なぜ彼が囚われていたのかは分からない。事が起こったのは昼間だろう? ボクはその辺りの事情は知らない……だから教えてくれないか? もしかしたら、力になれるかも知れない」
「……私がもし言った所であなたが裏切るという可能性は?」
ネネは疑いの目でツクヨミを見る。
彼女はそれに対して毅然と答えた。
「裏切るならキミをとっくに殺しているさ。なのにキミはボクとこうして話している……それだけじゃ信用ならないかい?」
「……ッ!」
「それにそう言われたらこのままアラハバキを見殺しにしても良いんだよ? ……って、脅しまで掛けられるけど残念ながらそれはボクの不本意だ。ボクの本意は彼を助けること……だけど、何も知らないボクじゃキミの弱みに漬け込むことすら出来ない。……この場合、本来有利なのは全てを見聴きしていたキミなんだよ」
ネネはツクヨミをジッと見つめる。
嘘や騙す気など無い、一点の濁りも曇りも無い澄んだ綺麗な目であった。
それを見たネネは彼女を信用することにした。
「……分かりました。信じます。けれど、一つだけ聞かせて下さい。どうして、助けようと思ったんですか?」
ネネの質問を受け、ツクヨミは「う~ん」と暫く考えた後、自信無さそうに答えた。
「……ボク自身もよく分からない。だけど、彼と戦って……アラハバキはボクの全てを認めてくれた。そのお礼……かな? それに―――」
そう言葉を続けた後、ツクヨミはフッとネネに微笑んだ。
その微笑みは女性特有の柔らかく優しい笑みそのものであった。
「彼ともう一度、色々な話しがしたい……そっちの方が本音かな?」
「……分かりました」
ネネはツクヨミの答えを聞いて納得したように頷く。
「私の知っていることをお話しします。ですから……助けて下さい!」
「その願い、このツクヨミが叶えよう。……だけど、なるべく知っていることを包み隠さず全部教えて欲しい。食い違いが一つでもあったら弁解する余地は無いからね」
そしてネネはその場でツクヨミにこれまでのことを簡潔に分かりやすく伝えた。




