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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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和御魂

 河原の石がツクヨミを守るかのように漂う様子を見たコウは身構える。


「感じるか? 月の力を……優しく全てを包み込む光を持ちながら、一方でその内に秘めたる狂気を呼び覚ます魔性の力を……」


 天を仰ぐように両手を広げるツクヨミ。

 すると、ツクヨミの頭上に大きな満月が浮かび上がってきた。

 宵闇から浮き出る淡い光……それは神秘と魔性を宿し、見る者全てを魅了する。

 コウもそれは例外ではない。しかし、彼は同時に顔に冷や汗を流していた。

 ツクヨミの言動に天が応えている。

 大気には神気が混ざり込み、この場全てを掌握されているような錯覚に陥った。

 ―――呑まれる。

 コウはキッと目に力を入れ、心の平常を保つ。

 内なる乱れは自身全ての乱れに通じる……コウはこれ以上呑まれないようにする為、ツクヨミに言い放った。


「……その力とやらはよく分かった。が、強い力を持っているからといってお前が勝ったと決まった訳じゃない」


「ならば、月の力……存分にその身に教えてやろう」


 そう言うとツクヨミは手をコウに向けて翳す。

 すると、宙を浮いていた無数の石は一斉に雨霰の如く、コウへと降り注いだ。


「くっ!」


 コウは持っている太刀で襲ってくる石の雨を弾く。

 だが、大小様々な石は代わる変わるその重さを変え、弾き続ける太刀の刀身は悲鳴を上げる。

 間も無くして、その刀身に亀裂が入り始めた。


「なにッ!?」


 亀裂の入った刀身は当たる度にその大きさを増す。

 けれども、石の雨が止むことは無い。止む気配すら無い。

 なぜならここは河原……石は幾つもあるのだ。


「ッ! はあぁぁぁ!!」


 無限に続くツクヨミの攻め、それに対して守ってばかりでは埒が空かない。

 コウは石の豪雨に当たるのを覚悟で弾くのを止め、太刀を引いて構える。

 剣における刺突の構えだ。

 その間にも石の豪雨はコウの身体と顔、頭に当たり続ける。

 更には大きめの石が頭に当たり、そこから血が滴り始めた。

 けれども、そんな中でもコウは顔色一つ変えずにツクヨミへ狙いを定める。

 そうして、剣先が定まった途端……彼は猛烈な勢いでツクヨミへ向かった。

 ただ一点……ツクヨミの胸元目掛けて太刀を放つ。

 それに対し、ツクヨミは手を翳すのを止め、今度は両の掌を胸元で合わせた。

 その瞬間、コウの太刀が届く前にツクヨミから強烈な衝撃が放たれ、コウは強風に吹かれた木の葉のように後方へ吹き飛ばされた。


「ぐああぁぁぁぁー!!」


 河原の地面を抉り、岩々を砕きながらその身は飛ばされ続ける。

 その途中、亀裂の入った太刀はとうとう折れてしまい、それと同時にコウの身体はようやく止まった。

 身体中には酷い怪我を負い、頭から血を流し、折れた太刀を手にしたまま河原の浅瀬に倒れるコウ。

 そんな彼に近付きながらツクヨミは語り掛ける。


「これがボクの和御魂にぎみたまの神力だ。ボクの神力はあらゆる物を浮かせ、引き寄せ、排斥する力……近づかせるのも遠ざけるのもボクの自由だ。キミはもうボクに触れることすら出来ない」


 和御魂……和魂の御力であり、コウ達国津神が使う荒御魂とは対に位置する力。

 荒御魂同様、それを現出出来るのはほんの一部のみで天津神達の中でも“聖なる光の力”として敬われている。

 解放すると眼の色が変わる荒御魂と違い、解放した際は髪の色が変化するという特徴がある。

 それを扱えるということはツクヨミがただの高貴な出の天津神ではないということを暗にコウに示していた。


「ぐっ……くっ……!」


 辛うじて顔を上げるコウだが、抵抗する力はおろか立ち上がる力すらあまり残っていない。

 既に太刀は折れてしまい使い物にもならない。

 打つ手といえば未だ解放していない荒御魂のみだ。

 けれども、荒御魂を使うことによってコウの正体が露見したら喩え勝ったとしてもこの高天原での先は無い。

 いや、もう既に脱走という罪があるのだから意味はほとんど無いかも知れないが、それでもコウは使うことを躊躇っていた。

 使わずにここで果てるか、使ってもその先で生きられる可能性に掛けるか……コウは葛藤する。

 そんな間にもツクヨミは近づいて来る。

 思い悩むコウの頭の中に今までの出来事が駆け巡る。

 思えば色々な仲間に出会い、助けられ、こうしてここまで来られた。

 しかし、カグツチを目前にしツクヨミに邪魔され、見失い、挙げ句の果てにはやられる一歩手前まで来ている。

 養父母を殺され、カグツチの名前を知った途端に友が殺された。

 今度は自分が殺される番―――そう半ば諦め掛けるコウであったが、そんな考えの中、小さな声が袖の中から聞こえてきた。


「コウ様! コウ様しっかりして下さい!」


 ネネの声だ。

 彼女はアラハバキと言うのを忘れ、コウの真名で呼び掛けている。


(そうだ……俺はネネを生きて返すと約束した……クジにも約束した……ショウシは俺を信じてくれた。そして、見送ったヤタとセキレイ、クジも……アイヌラックルやポイヤウンペ、琉球のシネリキヨとも約束したじゃねぇか…………俺は……俺はまだ死ぬ訳にはいかない!)


 よろよろと力を振り絞って立ち上がったコウは突如、自分の身に纏っていた衣を脱ぎ、それを河原近くの茂みに放り投げる。


「コウ様!?」


 それによって袖の中に隠れていたネネは一緒に茂みへ放り出された。

 それを見ていたツクヨミは訝しげな表情となり、歩みを止める。


「……何のつもりだ?」


「いや、ちょっと俺も死力を賭した本気でお前に挑もうと思ってな。……それには衣が邪魔なんだ」


 それは遠回しに傍にいたネネを巻き込まない為であった。

 そんなことは知らず、コウの言葉を受けたツクヨミは目つきを鋭くする。


「……そんな状態になって、しかも武器まで失ったのにボクに勝つ気でいるとは……無謀というかなんというか……」


「なんとでも言え」


 コウの声色が僅かに変わり、蒼眼の輝きもより一層煌めく。

 その異様な雰囲気にツクヨミは思わず後ずさってしまった。


(和御魂を解放したボクが……恐れている?)


「何を言われようが構わねぇ。正体が知られようが、居場所が無くなろうがもうどうでも良い。この内に巣食う国津に宿られし力…………己が大望、そして今まで出会ってきた大切な者達との約束を守る為に使う!」


 そう言い切ると同時にコウの身体から禍々しい神気が一気に噴き出て、対峙するツクヨミを襲った。


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