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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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月虹の祭宴

 矛とは斬るよりも刺突に向いている武器といわれている。

 その例に漏れず、ツクヨミもコウ目掛けて幾度も矛を突いてきた。

 コウはそれを巧みに躱し、逆に斬りつける隙を伺っている。

 しかし、ツクヨミの突きが思ったより速く、なかなか隙が見つからない。

 そこでコウは太刀で矛の先端を捉え、それを捌くと矛の柄に沿って刃を滑らせながらツクヨミ目掛けて迫る。

 けれども、ツクヨミは咄嗟に両手で柄を添えるように持ち変えると、それを上に向けた。

 その為、柄に沿うようにして斬り掛かったコウは宙で太刀を振り、空振りに終わる。

 すると、今度はツクヨミに反撃の機会が訪れた。

 コウが空振りをした為、彼の背後が目の前で隙きだらけとなったのだ。

 ツクヨミはそれを見逃さず、容赦なく背に向かって下から上へ矛を振る。

 身の危険を直感的に感じ取ったコウは太刀の先端を下に向け、身を返すと同時に太刀を振った。

 両者の得物がぶつかり合い、金物特有の鋭い音が周囲に響き渡る。

 コウは辛うじてツクヨミの攻めを受け止めたが、体勢に無理があったのかあまり力が入らない。

 それを見たツクヨミは力任せに矛を振った。


「たあっ!」


「ぐっ……!」


 力に押され、コウは家の壁目掛けて弾き飛ばされた。

 一撃は防げたものの壁に当たった為、背に鈍痛が響く。

 その痛みに顔を僅かに歪めている所へ再びツクヨミが迫る。

 矛を引き、刺突の構えだ。

 それに対し、コウは太刀を構えるのを止め、ジッとツクヨミの瞳を見る。

 その行動にツクヨミは驚き、放った刺突にぶれが生じた。

 コウはそれを冷静に見極め、寸前の所で避ける。

 矛は真っ直ぐに伸び、家の壁を貫いた。

 それと同時にツクヨミとコウの距離が一気に縮まる。

 眼前まで来たツクヨミの額目掛けてコウは思いっきり頭突きをした。


「いっ……た!」


 額を抑え、矛を壁から抜きながらツクヨミは急いでコウから離れる。


「っ~……強いね、キミ!」


「そいつは……どうも!」


 太刀を構え直したコウは一気にツクヨミへ迫り、太刀を振る。

 ツクヨミはそれを受け止めつつもすぐに弾いて、矛を回転させると瞬時に突く。

 コウはその突きを身を翻しなが避けると、今度はツクヨミの首目掛けて太刀を横に振った。

 それを見たツクヨミは太刀の振られる方へ身体を倒すと転がりながら躱す。

 そして地面に膝を突きつつ、矛をコウの首目掛けて放った。

 コウはその切っ先を太刀で弾く。


「……やるね」


 弾かれたと同時に立ち上がりながら後ろへ下がるツクヨミ。

 両者共に一歩も引かないせめぎ合いが続く。

 コウはそんなツクヨミに対し、太刀の切っ先を地面に触れながら構えた。


「国津神っていうのは皆、そんなに強いの?」


「さぁな、他の奴のことは知らねぇ。弱ければ死に、強ければ生きる……それが俺が生きてきた中つ国だ」


「なるほど、生きる為……つまりキミ達にとって戦うということは息をし、水を飲み、食べることと何ら変わらない訳だ」


「……そうだな」


「哀しいね」


「…………そうだな」


 ツクヨミの言葉にコウは同意する。

 戦わなければ生きられない、故に強くなる……これでは中つ国から戦など到底消えることは無いだろう。

 それは分かる、けれど願わずにはいられない。

 戦が無い世を……戦などしなくても生きられる世を……。

 人間も神も戦う……その現実を変えなければならない。

 けれども、復讐に燃えるコウに……自身も太刀を手に取って戦うコウにそんな資格は無い。

 現に今も彼は目の前にいるツクヨミをどうやって倒すかに全てを注いでいる。

 その内の一つはもう既に仕掛けてある。

 正当な戦いを重視してもいざ強い相手と出会うとどんな手を使っても勝とうとする……それが国津神のさがだ。


「だが、お前に同情される覚えはねぇよ。天津神」


 そう告げた瞬間。

 コウは地面に付けた太刀を思いっきり振り上げた。

 切っ先に触れていた地面より土が巻き上げられ、僅かに土煙が舞う。


「ッ!」


 その土煙によりほんの一瞬、ツクヨミは舌打ちをしながら神衣の袖で顔を隠す。

 そこを狙ってコウの刃が襲い掛かった。

 振り上げてからの振り下ろし……視界を遮られてもそう攻めを読んだツクヨミは後ろへ下がる。

 その予想通り、コウが振り下ろした太刀はツクヨミの袖を斬った。

 だが、間合いは変わらない。

 コウは今度は太刀を横に振る。

 対してツクヨミはその場でしゃがみながら持っている矛を地面に突き刺すと、同時にその反動を利用して高く跳躍した。

 そして、コウの追撃を躱すと家の屋根に上る。

 コウもそれを見て紡技で紡糸を軒下に付けると同じように飛び上がった。


「うわっ……マズイな……」


 ツクヨミは屋根の上を駆けると他の家の屋根に飛び移る。


「させるかよ……」


 コウもツクヨミを追い駆けるように飛び移る。

 カグツチと比べ、ツクヨミは遅いのか何度かコウに追いつかれ、宙で矛と太刀がぶつかり合う。

 そうして、何度かぶつかり合った末に―――


「ぐっ!?」


 ツクヨミはついにコウの攻めに耐えきれず、宙で彼に突き飛ばされてしまった。

 勢い良く飛ばされ、何軒かの家々を過ぎ……ツクヨミは流星のように墜落する。

 コウもその後を追い、ようやく降り立つ。

 すると、そこは見覚えのある場所であった。


「ここは……」


 そこは天安河の河原であった。

 辺りには所々に篝火が焚かれているものの神の姿は無い。

 恐らく、コウが逃げ出した為、話し合いは中止になったのだろう。

 これは逆に好都合であった。


「う……ぐっ……!」


 落ちたツクヨミは矛を杖代わりにし立ち上がる。

 傷はあまり無いものの綺麗だった紫の神衣は薄汚れてボロボロになっていた。


「はぁ……はぁ……ここまでとは……」


「……矛の扱いは見事だが、実戦には慣れていないようだな。動きが丁寧過ぎる」


「それが天津神の美点だからね……だけど、そうも言っていられないか……」


 ツクヨミの髪を縛っていた紐が切れ、編んでいた後ろ髪と左右の髪が広がる。

 今の容姿ならば迷わず美女と言い切れるだろう。


「……悪いが少し寝ていてもらうぞ。案ずるな、殺しはしない」


 そんなツクヨミに対してコウはそう告げると猛然と向かっていく。

 だが、ツクヨミは逃げる素振りも諦める素振りも見せずコウに向かって手を翳す。

 すると、コウの身体が急に何かに突き飛ばされたかのように凄い力で後ろへ飛んだ。


「なっ……なに!?」


 何とか太刀を地面に突き刺し、止まろうとするも身体は言うことを聞かずに後ろへ下がっていく。

 やっとのことで止まったのはツクヨミよりだいぶ離れた所であった。


「一体何が……!」


 何がなんだか分からないコウはツクヨミの方を見る。

 そして、あるものを見て驚いた。

 ツクヨミの髪が綺麗な黒から徐々に薄く紫がかった銀色へと変わっていくのだ。

 それはまるで国津神が荒御魂を解き放つのに似ている。

 そんな彼に対し、髪の色を変えたツクヨミは今までと違い、威厳溢れる声でコウに言い放った。


「……さて、それじゃあボクもそろそろ本気を出すとしよう。今宵は宴の夜だ。寝るのはまだ早い……ボクに付き合ってもらうぞ、アラハバキ」


 その途端、河原にある無数の石がツクヨミの声に呼応するかのように一斉に宙へと浮いた。



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