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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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宵を統べる者

「うおらぁ!!」


「うわぁ!」


 未だにカグツチを追うコウは襲ってくる天津神をことごく打ち倒していた。

 彼の通った後には無数の天津神達がまるで屍の如く倒れている。


「はぁ……はぁ……どいつもこいつも……邪魔をしやがって!」


 幾つもの道を通りその度にカグツチの姿を捉えてはいるものの、道すがらコウを追う天津神達と出くわし、彼はその都度、天津神達を倒していた。


「どこへ行った!?」


「まだこの近くにいる筈だ……探すぞ!」


 コウを探す天津神達の声が聞こえ、彼は物陰に隠れるように身を潜める。

 多勢に無勢の状況の中……流石のコウも心身共に疲れ果てていた。

 しかし、せっかく訪れたまたとない機会……取り逃がす訳にはいかない。


「……っ、せめて……見つけた時じゃなく探している時に来て欲しい所だがな……」


 息を整え、気配を消してその場から離れるコウ。

 見えているのに捕まえられない……近くにいる筈なのに遠くにいるカグツチの存在に苛立ちを感じる。

 そのカグツチはまるでコウを嘲笑うかのように時折姿を現す。

 本当ならもうとっくに高天原の“まち”を抜けても良い筈なのに、まるでコウを待つかのように存在を出してくる。

 その言動にコウは苦虫を噛んだような表情で応えることしか出来なかった。


「コウ……いえ、アラハバキ様。このままですと……」


「あぁ、もうすぐ天安河……もうじき高天原の“まち”を抜ける……」


 袖の中に隠れるネネの言葉に頷く。

 カグツチが“まち”を抜ける……それまでには何としても見つけ出したい。

 そう切に願うコウは息を大きく吸い、目に力を強く入れ、ある覚悟を決めると物陰に隠れていた小道から通りへ身を乗り出す。

 大勢の天津神に見つかる恐れはあるが、もうカグツチを捕らえるとなると“まち”の出口を押さえるしか無い。

 そう考えて、通りへ出たのだが不思議なことにそこにはコウを追っている天津神達の姿は無かった。

 それだけではない。

 そこには一柱も神の姿は無く、静寂に包まれていたのだ。


「……なぜだ?」


「……なんだか、嫌な予感がしますね」


 もしかしたら今まで小道や裏道にいた為、天津神達はそちらを探しているのかも知れない。

 女神や子神にもコウ脱走の知らせはある筈だから、家の中に身を潜めているかもおかしくはない。

 けれども、そんな予想とは裏腹に袖の中にいるネネは嫌な予感がするという。

 それについてはコウも同感であった。

 まるで嵐の前の静けさ……大時化おおしけになる前の凪の海そのものだ。

 静寂の後の動乱……琉球や厳寒の地での気配が色濃く漂い、その時のことが鮮明に思い起こされる。

 だが、そんな懸念に耽るのも束の間……コウは何かの気配に気付き、そちらを向く。

 そこには面を付けたカグツチがコウを待つかのようにジッと佇んでいた。


「カグツチィー!!」


 怒鳴ると同時にコウは足に力を入れ、地面を深く踏み込むと太刀を手に宿らせて猛然とカグツチ目掛けて駆ける。

 それを見たカグツチは身を翻してその場から去ろうとした。


「もう逃さねぇぞ! 養父上と養母上……そしてスイの仇ぃー!」


 叫びながらコウは太刀をカグツチへ投げつけた。

 風を斬る音と共に太刀は回転しながらカグツチの背に向かう。

 ところが、その背に太刀が当たると思われた寸前……空から何かが落ちてきてコウの太刀を弾き飛ばした。


「なにッ!?」


 弾かれた太刀は地面に突き刺さり、カグツチの姿はかなり遠くへ行ってしまう。

 そんなカグツチとコウの間には先程太刀を弾き飛ばしたであろう矛が行く手を遮るかの如く、深々と地面に刺さっていた。

 だが、今はそんなことは関係無い。


「待てッ!!」


 遠のくカグツチをなおも追おうとするコウ。

 だが、そんな彼を今度は知らぬ声が止めた。


「待つのはキミだよ」


 そう言われ、コウは足を止める。

 気が付くと、カグツチの姿はもう消えていた。

 “まち”の外は天安河と神州ヶ原……天安河はともかく神州ヶ原へと逃げられたら地理に疎く、灯りの一つも無い状態では追うに追えない。

 コウはまたしても取り逃がしてしまった。


「……誰だ、テメェは?」


 取り逃がしたことに悲観せず、コウは眼を蒼く染めて声のした方へ睨みつける。

 そこには家の屋根に立つ一柱の神がいた。

 容姿は中性的で外見では男とも女とも判別がつかない。ただ端正な顔立ちなのでどちらにしても美男、美女の類であろう。

 その者は紫の神衣に首には御統を下げ、後ろ髪は三つに編み込み、左右の髪は垂れ下げてそれぞれ束ねている。

 他の神とは違い、高貴な出であろうことをコウは感じた。

 しかし、今の彼にはそんなことは関係無かった。


「名乗る時は自分から……そう親には教わらなかった?」


「……先にちょっかい出してきたのはテメェだ。テメェから名乗るのが筋ってもんだろ」


「言葉が悪いねぇ~……まぁ、良いか。確かにキミの言う通りだ」


 その神はやんわりとした口調でそう言うと屋根から飛び降り、ゆっくりと地面に着地する。

 相当な神力を持っているようだ。


「初めまして、ボクはツクヨミ。月読命ツクヨミノミコトだ。キミは?」


「中つ国、出雲が出……アラハバキ。なぜ、俺の邪魔をした?」


「キミが神を殺そうとしたから……何があったかは知らないけれど尋常じゃない殺気がボクまで届いたよ」


「……届いた?」


「そう。夜……すなわち夜之食国よるのおすくにはボクの治める世界。そんな世界で暴れ回っていたんじゃ嫌でもボクの目に止まる。……困るんだよねぇ。夜は静かにしてもらわないと……」


「……お前には関係ないことだ」


 少し口調を抑えて話し始めるコウにツクヨミは言い放つ。


「いや、関係あるね。言ったでしょ? 夜はボクの治める世界……つまり夜になったら神々はボクの臣下となる。従者の殺傷沙汰を黙って見ている主なんていないでしょ?」


「俺はお前の臣下になった覚えはねぇ」


「いや、だから……中つ国じゃそうだけど高天原ではこうなの! 郷に入ったら郷に従え、だよ?」


「なるほど……それは悪かったな。じゃあ、今度は高天原の外に出てやる……」


「いや、全然分かって無いね!? ……はぁ、しょうがない。まぁ、最初から簡単に済むとは思っていなかったけど……」


 ツクヨミはそう溜め息を吐くと矛に向かって手を翳した。

 すると、矛はピクリと動き始めて突然独りでに抜けると回転しながらツクヨミの手の中に収まった。

 それを見たコウは紡技で地面に刺さっていた自身の太刀を手に戻す。


「……へぇ~、面白い神力だね。じゃあその力を見せてもらいつつ、ボクがキミに色々と教えてあげようかな?」


「お前に教えてもらうことなんてねぇよ。だから俺が代わりに教えてやる……他の奴の邪魔をしたらどうなるのかをな……」


「あっはは! ますます面白いね! じゃあそれ……ぜひボクに教えてよ」


 そう言って矛を構えるツクヨミの目つきが変わる。

 それを見たコウは蒼眼のままツクヨミを睨みつけた。


「……宵の主、ツクヨミ。参る!」


 僅かな睨み合いの後、両者は共に駆け出した。


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