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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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高天原の暴れ神

 轟音が聞こえてきたと同時に周囲にいた天津神達は慌てふためき、高天原の空は急に雲に覆われ始める。

 大地が唸り、空は騒ぎ、何か大きな力が近づいて来るのをコウは感じた。


「これは……」


「タケミカヅチ殿、これはまさか……」


「……どうやら、あのお方がお見えになったようだ。アラハバキ殿、暫しの間身を隠すと良かろう。面倒なことに巻き込まれるからな」


「いや、俺はそんな真似はしない。アマテラス様が来るまで待つと決めたのだからな」


 コウはそう言うと、腕を組んで再びその場に座り込んだ。

 それを見たシオツチはコウを諭す。


「いけませんぞ、アラハバキ殿! 恐らく、この凄まじき神気……きっとあのお方に違いありません!」


「さっきから聞いてれば……“あのお方”って誰だ?」


 コウはそう尋ねながらも背後から近づいて来る異様な力を感じていた。

 振り向かずとも、先程まで自分達を見ていた天津神達が道を大きく開けるのが分かる。

 そして、その主が一歩一歩こちらに向かってくることも。


「あのお方とは……イザナギ様が生んだ神々の中でも最も尊い三神の内の一柱……」


「アマテラス様同様“三貴子さんきし”と称されし、アマテラス様の実の弟君……」


 異様な力の持ち主の足音が聞こえ始め、それと共に大地の唸りが地鳴りと変わる。

 大気は震え、神々のみならず万物全てが恐れを抱く。

 その主の姿を見たタケミカヅチ、シオツチの両者共に顔に冷や汗が流れた。


建速須佐之男命タケハヤスサノヲノミコト様だ」


 足音が座っているコウのすぐ背後で止まる。

 コウがそこでようやく振り返ると、そこには青年の男神が立っていた。

 神気から尊い神なのだろうということがよく分かる。

 しかし、コウは思わず目を細めた。

 スサノヲの姿は髪も髭も手足の爪までも伸び放題で神衣は薄汚れている。

 腰には剣を下げてはいるものの、とてもじゃないが尊い神だとは言えるものではない。


「あぁ? なんだぁ、コイツは?」


 スサノヲは手に持った瓢箪を口に付け、中にあるものを少し飲んだ後……自分の足元にいるコウをジロリと見る。

 言葉を発する度に口から強い酒の香りが漂う。

 酒好きのミズチは元より、国津神達よりも荒ぶって見える。

 コウはその様子を暫く見た後に再び前を向いて、目を閉じた。


「おい、お前ぇ……何者だ?」


 スサノヲの問いにコウは答える気が無いのか口を頑なに閉ざす。

 それを見ていたシオツチは代わりに答えた。


「この者は国津神のアラハバキ殿でございます。此度よりこの高天原で務めに励む者でございます」


「あぁ? 国津神ぃ~? ……あぁ、そういや聞いてたな。だが、しかし……オレ様が声を掛けてやったのに何も答えねぇなんて礼儀が知らねぇなぁ!」


 スサノヲはそう言うと突然、持っていた瓢箪でコウの頭を強く打ち付けた。

 打った際に瓢箪は割れ、中に入っていた酒がコウの頭に掛けられる。

 それでもコウは身動き一つせず、ジッと座っていた。


「何をなされるか! スサノヲ様!」


「うるせぇよ! タケミカヅチ。これはオレ様なりの指導だ。高天原に来たんなら天津神に対する礼儀ってやつを教えてやらねぇとなぁ?」


 コウを庇うタケミカヅチであったが、スサノヲはそんな彼に構わず勝ち誇った顔をしてコウを見る。

 しかし、コウが先程と何ら変わらない様子を見ると舌打ちをした。


「チッ……つまんねぇ野郎だ。酒も無くなったしなぁ…………オイ、そこのお前!」


 壊れた瓢箪を見た後、周囲を見渡したスサノヲはその中にいた一柱の女神に声を掛ける。


「ふぇ!? わたしですか……?」


「そうだよ、お前だよ。オイ、お前……今から酒を持って来い! そして今晩オレに付き合え!」


「え……いえ……でも……わたしは今晩……用が……」


 いかにも気の弱そうな女神の返事を聞いた途端、スサノヲは激昂した。

 そして、腰に下げていた剣を取る。


「お前……オレ様の言うことが聞けねぇのか!」


「だ……だって……そ、そんなこと急に言われても……無理ですぅ……うぇ~ん!!」


 瞳を潤ませ、堪えながらもスサノヲに抗議した女神はついに声を上げて泣き出してしまった。

 それを見たスサノヲはますます怒り、その女神へ一歩一歩近付いていく。


「スサノヲ様! 何をなされるおつもりか!?」


「決まってるだろ! この三貴子の一柱、スサノヲに歯向かう奴は見せしめに殺すんだ!」


 タケミカヅチが自身の腰の剣に手を添えるも、スサノヲは既に剣を振り上げている。

 ―――このままでは間に合わない。

 誰もがそう思う中、シオツチはあることに気が付いた。


(座っていた筈のコウ殿がいない! ……まさか!)


「死ねぇ!」


 スサノヲの剣が女神の頭を捉えた瞬間、刃は当たると思われるその寸前で止まる。

 いくら力を込めてもそれ以上に振り下ろせない。

 見ると剣の刃を誰かが素手で掴んでいる。

 その刃を掴んでいる主はスサノヲにようやく己の声を聞かせた。


「礼儀の前に……テメェには常識ってやつを教えてやろうか?」


「お、お前……!」


 そこには酒に濡れたコウが射抜くような視線をスサノヲに向けて立っていた。

 スサノヲはコウを睨みつけながら手を振りほどこうとするも彼の手は石がくっついたかのように離れずビクともしない。

 だが、スサノヲが剣を動かす度にコウの刃を握っている手からは血が滲み出て、滴り落ちる。


「アラハバキ殿! なんて無茶を……!」


「アラハバキ殿! その方はスサノヲ様ですぞ!」


「だからなんだってんだ!」


 シオツチの忠言をコウは怒号の込もった一言で払い下げた。


「三貴子だろうが何だろうが関係ねぇ……テメェの都合で勝手に決めて、それが出来なきゃ死ねとは笑わせる。しかも、女を泣かせたうえに刃を向けるとは神どころか男としてもなってねぇ!」


 言葉一つ一つを言う度に手に力が込もり、血が流れる。

 女神はそれを見て青ざめるがコウはそんな彼女に対して静かに言葉を掛けた。


「大丈夫だ。このぐらいの傷、大したことは無い。それより、早くここから離れろ。……今度はコイツに見つからないようにしろよ」


「あ……はい……あ、ありがとう……ございます……!」


 女神はそう言うと他の神々を押し退けてその場を離れる。

 スサノヲはそれを見るとコウを更に強く睨みつけた。


「お前ぇ!!」


「……さて、スサノヲ殿。会って早々で悪いが……さっそく無礼を働く」


「はぁ?」


「ま、まさか……アラハバキ殿! それはいけませんぞ!」


 シオツチはコウがこれから何をしようとするのか想像がついてしまい、慌てて止めようとする。

 タケミカヅチは何がなんだか分からない様子であったが、嫌な予感だけは確実にした。


「シオツチ……すまない。タケミカヅチ……悪いが急な用が出来た。アマテラス様には今日は会えないと伝えてくれ。あと……」


 そう言い掛けてコウは剣を押さえている手とは反対の手に拳を作り、強く力を込める。

 ここにきて、タケミカヅチも彼のやろうとしていることが理解出来た。


「やめろ、アラハバキ殿!」


「これが終わったら俺を縛りあげてくれ」


 二柱が止めに入ろうとするも酒という水を浴びたコウの速さは凄まじい。

 要件を伝え終えたと同時に彼はスサノヲの顔目掛けて強く殴りつけた。

 あまりの速さにスサノヲは声も出すことが出来ずに吹っ飛ばされ、気を失う。

 そして、その出来事はシオツチとタケミカヅチが一歩を踏み出す前に終わってしまった。




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