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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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邂逅

 暫く歩き、ようやく天安河のほとりまで来たコウは浅瀬の近くで袖の中からネネを出す。


「ふわぁ~! 綺麗な水……ありがとうございます!」


「どれ……儂も少し休みますかな?」


 野衾のまま文字通り浴びるように水を飲むネネと河原の岩に腰を下ろすシオツチを見た後、コウは辺りを見渡す。


「気になるんでしたら少し見て回ったらどうですかな?」


「……良いのか?」


「えぇ。ネネ殿のことならお気になさらず……儂が見ております」


「すまないな……それじゃあ、言葉に甘えて少し歩いてくる」


 コウはそう言ってシオツチ達から離れ、河沿いに水面を眺めながら歩き始める。

 見れば見るほど、出雲の自分が通っていた河原に見えてくる。

 空は澄んでいるかのように晴れ渡り、水はせせらぎの音を奏で心を癒やす。

 オモイカネは中つ国はこの高天原を元に創られたと言っていたが、コウからして見ればここは自分の心を映して創られたのではないかと思える程、ほとんどの場所が見知ったかのような場所であった。

 暫く歩き、川面に突き出している岩の上にコウは座り、そしてそのまま寝転んだ。

 幼い頃はこうやってよく空を眺めていた。もし、これで虹でも出ていたら童心に帰っていたかも知れないが、空は快晴……虹は出ない。


(カグツチ……お前に関わらなければ俺は今でもこうして出雲の地で空を眺めていたんだろうか? …………いや、これは奴のせいじゃない、自ら首を突っ込んだ俺の責だ)


 目を閉じ、心の中でまだ見ぬ仇に問い掛けた後、コウは自らそれを払拭した。

 するとその時、近くで水を打ったような音が聞こえてきた。


(なんだ? 魚でも跳ねたか?)


 高天原にも魚がいるのか、と思い起き上がってその方を見るとそこには魚ではなく……衣を脱ぎ、裸で水浴びをしている一柱の美しい女神がいた。


「……っ!?」


「……ん?」


 一瞬、双方共に何がなんだか分からず互いを見ていたが、すぐに二柱共に状況を理解した。


「きゃあ!」


「す、すまない!」


 女神はすぐに身体を水の中に浸けるが、あまりにも水が綺麗な為にその上品な絹のような肌が見えてしまっている。

 その為、コウは謝りながらもすかさず視線を逸らした。


「わ、わざとじゃないんだ。水を打つ音がしたからてっきり魚が跳ねたものかと…………すまない。気付かなかったんだ……」


「い、いえ……私の方こそ……気付かずに申し訳ありません……しかも殿方の前でなんてはしたない声を……」


 取り敢えず、怒っていない様子にコウは内心安堵した。

 そして、彼女を宥めるように視線を逸らしながら語り掛ける。


「いや、悪いのは俺の方だ。アンタが気にすることじゃない……すまなかったな、すぐにここを離れる……」


「あ……あの……」


 そそくさとその場を離れようとするコウを女神はなぜか呼び止める。

 コウとしては居心地が悪くなってしまった為、早く去りたい所ではあったが非は自身にあるので仕方なく足を止めた。


「……なんだ?」


「この辺りではあまりお見かけしませんが……どちらからいらしたのですか? 高天原に住む天津神では無いでしょう?」


 水を掻き分け、河から上がる音が背後から聞こえる。

 その音を聞きつつもコウは女神の言葉に内心驚く。


「……なぜそう思う?」


「だってこの辺りにいます天津神は皆、髪を角髪みずらに結っていますもの……あなた様は頭の頂きと後ろ、そして左右をそれぞれ少し束ね、短く結っています。まるで魚のひれと尾のようですね」


 肌と衣の擦れる音を聞きながら先程まで焦っていたコウは冷静になって自然と鋭い眼差しになる。

 女神の答えが思いの外、的を射ていたからだ。


「……本当は角髪にするべきなんだろうがな。俺はあまり髪を伸ばしたくないんだ。乱れてはいるがな」


「ふふっ……面白い方ですね。でも、私は乱れているとは思いません。その金色の髪の色と相まって素敵だと思いますよ。どうぞ……もう大丈夫です」


「……面白いか。フッ……そう言われたのは初めてだがな。この髪の色もほとんどの者は気味悪がるんだが……」


 コウはそう言って背後を振り向く。

 そこには純白の衣に身を包み、同じく純白の袴を履いた一柱の瑞々しい長い黒髪を持つ女神が微笑んでいた。

 清楚な出で立ちと物腰柔らかな口調からはその身のみならず内からも美しさを感じる。

 しかし顔立ちはどこか幼さを残しており、その微笑みはとても可愛らしい。

 別に怪しい所は見られない……強き者の気配も感じない。

 初対面にも関わらずコウは真っ直ぐな眼差しで彼女を見る。

 初めての地で警戒した彼が自然と取る癖だ。

 その為、そんな眼差しのコウは微笑みながら目をそっと開けた彼女と視線を交わしてしまう。

 互いの目があった瞬間、女神は一瞬驚いた表情となって息を呑む。


「……どうかしたのか?」


 コウ自身は既に敵を見るような鋭い眼差しはしていない。にも関わらず、驚いた表情をした女神を見て彼は問い掛けた。

 女神は口元を押さえ、なぜか少し顔を赤らめると視線を逸らす。


「あ、い、いえ! その……何でもありません!」


「なら、なぜ目を合わせない?」


「あ、あの……目がその……」


「目?」


 怪しいが悪意は全く感じず、怖がっている訳でも無い様子にコウは混乱しどうすれば良いのか分からなくなった。

 そんな固まった空気になった途端、遠くの方から「アラハバキ殿~! どこですか~!」と彼を呼ぶ声が聞こえる。

 シオツチの声だ。


「ん? もう休憩は終わったみたいだな。すまない、仲間が呼んでいるからそろそろ行かないと……すまなかったな。話せて楽しかった、また縁があればどこかで会おう」


「あ……」


 女神の呟きが聞こえなかったのか、コウはこれ幸いとばかりにその場を離れた。

 そんな彼の後ろ姿を頬を赤く染めた女神が見送る。


「アラハバキ様……男神であんな綺麗な目を持つ方がいるなんて…………またどこかでお会い出来る時を私も楽しみにしております……」


 そんな女神の言葉も知らずコウは自身を呼んでいたシオツチと合流する。


「すまない、遅くなった」


「いえ。ネネ殿の休息も終わったみたいですし……そろそろ行きますかな」


 シオツチがそう言うと同時に彼の肩に乗っていたネネがそこから跳ねてコウの袖の中に入り込む。

 それを確認したコウは頷いた。


「あぁ、行こう」


 そうして一行はいよいよ高天原の“まち”へと入っていった。


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