静乱の刺客
「……っ、あぁ……いつの間にか寝ていたか」
翌日、鶏の鳴く声で目を覚ましたコウは頭を掻きながら起き上がる。
どうやら、いつの間にか河原で眠ってしまったようだった。
「さて、今日は確か……スイと会う約束だったな」
川の水で顔を洗い、そこら中に生えている枇杷や山葡萄を手に取り、腹ごしらえをしたコウは昨日宴を行ったミズチの洞窟へと向かう。
だが、洞窟の入り口に漸く辿り着いた途端……コウは数柱の国津神達に囲まれてしまった。
「……なんだ、お前らは?」
見覚えの無い国津神達に対し、コウは尋ねる。
「貴様……昨日、我々の仲間を殺したそうだな?」
「いくら、新しく長になったからと言ってもな。侵してはならぬ領分はあるだろう?」
「……お前らの言う領分っていうのは、同志を自身の都合で簡単に殺めることか?」
「黙れ! 誰が同志だ! ミズチ様の情けで長になった者など同志とは認めていない! 天津と通じている者もな!」
次々と剣を取り出し、中に居るコウを突き刺す勢いで取り囲む国津神達。
そんな中、とある一柱の国津神がコウの前に出てきた。
「皆さん、この方はかなり武のある方です。昨日のこと然り……ここは私に任せて頂けませんか?」
「……お前は? 確か、昨日の宴に居たな」
「これはこれは……私を覚えて下さっていたとは……。私は土蜘蛛……ミズチ様の傍に長年居た国津神です」
ツチグモと名乗るその者は紫掛かった短い黒髪という特徴以外は至って礼儀正しい国津神であった。
だが、その腰には八本の剣を下げている。
「ツチグモ様、やってしまって下さい!」
「ツチグモ様は数居る国津神の中でもかなりの力を有している……その上、国津神だけが持つ荒御魂も自在に使う事が出来る………旅帰りがなんぞ! ツチグモ様、違いを見せてやって下さい!」
「……という事ですので」
そう言い掛けるとツチグモは下げている剣の内、一本を手に取り構える。
どうやら、初めから戦うつもりのようだ。
「申し訳ありませんが、覚悟して下さい……剣を取らなくてもあなたを斬ります」
「……良いぜ」
そう言うと、コウも腰に手を添え……いつの間にか現れていた太刀を握り、構える。
「お前には……どうやら、手ぇ抜く必要は無さそうだ。それに、同志を殺める習わしの根源がお前なら……それを絶つのが俺の任……」
「……驚きました。随分と非情ですね」
「そうか? 俺はまだ情けを掛けてやってると思っているが……」
「フフフ……面白いですね。やはり剣を向けて良かった……その方の本質がよく分かる…」
「……別に見方が変わっても構わない。俺も国津神の一柱だ。血や争いも……少なからず好んでしまう。………いつでも良い、来い!」
「それでは、お言葉に甘えて……行きます!」
一気に駆け寄り、剣を振るツチグモ。
それをコウは太刀で受け止め、弾く。
それでもツチグモは身体を回しながら巧みに剣を振り続け、コウに攻める隙を与えない。
剣と太刀を互いに打ち続ける二柱だが、その内コウが所々見える白い糸のような物に気付いた。
「これは……!」
「気付きましたか……ですが、もう遅いですよ」
そう言われ、コウが周りを見ると地面や木々には白い糸の塊のような物がある。
そして、その隙に強く弾かれたコウは弾みで白い糸の塊に足を取られてしまった。
「やっと掛かりましたね……それは私が“神力”で作った蜘蛛の糸ですよ。どうですか、動けないでしょう?」
その場から離れようと足を動かすも糸の塊は頑なにコウを離そうとしない。
「これで決めてあげますよ」
そんな様子を見て薄ら笑いを浮かべるツチグモ。
その眼は紫色に煌めき、身体中は無数の細かい毛に覆われ始める。
更に、背中とわき腹からは細長い腕が生え……彼の腕は八本となった。
「……荒御魂を解放してきたか」
「さぁ……行くぞ、コウ!」
荒々しく変貌を遂げたツチグモは各手にそれぞれ八本の剣を持つと、それらを擦り合わせながらコウへと迫る。
そして、八つに分けるかのように身体中を回転させながら斬り掛かった。