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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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神国の草原

 翌朝、コウ達一行は八尋殿中庭にある“天の浮橋”の前に立っていた。

 いよいよ、故郷の地との別れである。


「さて、よろしいですか? お二方」


「はい!」


「あぁ、大丈夫だ」


「そうですか。ならば、ネネ殿は暫く荒御魂を使いコウ殿の袖の中にでも隠れていて下さい。途中で天津の方と出会う恐れがあるので…………コウ殿は儂の後に付いてきて下さい」


 シオツチに言われ、ネネは荒御魂によって眼を灰色に変え、身体を小さくすると姿も野衾のぶすまのものへと変えた。後の世ではムササビとも呼ばれる。

 そうして、コウの衣の袖の中へと身を潜めた。

 それを確認したコウはシオツチの後に続いて虹の道を歩み始める。

 天へ行くというよりも山へ上るような感覚で歩き、暫くしてから後ろを振り返った。

 彼らの出発した八尋殿は既に小さくなっており、オノゴロ島全体が見える。

 今まで上から見たことは無いのでその光景は圧巻であった。

 コウは袖の中にいるネネに呼び掛ける。


「ネネ、見てみろ。俺達のいた島が小さく見える」


「えっ……わぁ、本当だ……すごいですねぇ!」


 素晴らしい眺めに目を奪われつつもコウは先へと歩み続ける。

 目の前を雲が通り、風が靡いて雲を払う度に段々と中つ国全土が姿を現す。

 そこには琉球やアイヌモシリの他にクジ達のいる東北の地や懐かしき出雲の地が見えた。

 だが、その美しき中つ国には所々に黒い煙が立ち昇り、更には赤い光が見え隠れしている。


「……なんだ、あれは?」


 あの煙と光の正体を何となく察してはいるもののコウはシオツチへと尋ねた。

 シオツチは悲痛な顔になって答える。


「あれは……戦の煙と炎です」


 その答えにやはり、とコウは心の中で納得する。

 こんな美しい景色の中でさえ戦というものは酷く目立つものらしい。

 中つ国にいた頃は遠くから見えたその煙がこの空の上からは一目で知ることが出来る。

 だが、知ることは出来てもすぐに駆け付けることは出来ない……その現実をコウは歯痒く思った。


「一部の神々が争っているのですよ。中つ国は出雲を中心として力ある国津神を統べているとはいえ、まだ全てではありませんからな」


「それに今はミズチが同じ国津神でも異心があると感じた際は即討伐される時勢……戦は収まるどころか更に激化してきています」


「そうなのか……」


 ―――そんな状態の中つ国を離れても良いのだろうか?

 コウの中に唐突にそんな思いが湧き出る。

 しかし、今の自分にはその争いを止めることは出来ない……そう思い直してコウは歩き続けた。


(いつかここからもう一度中つ国を見た時……今度は争いの煙ではなく煮炊きの煙が立ち昇る中つ国を見てみたいものだな……)


 自分の理想に描く中つ国を思い浮かべながら暫く歩いていくと、突然シオツチが立ち止まった。


「着きましたぞ、コウ殿……いえ、アラハバキ殿。ここが高天原の入り口でございます」


 そう言われ、コウはシオツチの先を見る。

 そこは光に溢れ、青々と茂る草原が目の前に広がっていた。


「ここが……高天原……」


「正確には高天原一つ手前にある神州しんしゅうがはらと呼ばれる草原です。高天原の名の由来でもある場所ですよ」


 天上の国と聞かされていたコウはあまりにも中つ国と似ていることに驚き、安堵した。

 異郷の地とはいえ、ほとんど変わらないことに安心したのだ。

 そのまま彼らは神州ヶ原を歩く。

 草原特有の霧というのは地上も天上も変わらないらしく、霧雨がコウ達を出迎えその身体を僅かに濡らす。

 それはまるで地上から天上に来る際のみそぎにも思えた。

 本来は忌むべき筈の霧雨だが、空が快晴である為か逆に清々しい。


「さぁ、高天原まであと少しですぞ」


「このまま何も起きず、無事に着けば良いがな……」


「ほっほっほ。何をおっしゃいますか! ここは入り口とはいえど高天原……何かが起こる筈など……」


 コウの不安をシオツチが笑っていたその時だった―――


「うわあぁぁぁーッ!!」


 草原に響く悲鳴が一行の耳へと入ってきた。

 それを聞いたコウとシオツチは顔を見合わせる。

 そんな彼らに代わり、コウの袖の中にいたネネがひょっこりと顔を出し、口を開いた。


「……起きましたね。何か……」


「ほら見ろ。俺が来るといつもこうなんだ。初めての地にまともに入ったことなんてありゃしない」


「それ、自慢じゃないですよ!?」


「そんな……まさか……天津神のいる高天原に限って……そんな……」


「そんなもまさかも現に今こうして起こっているんだから仕方ない。それに……」


 コウはそう言葉を止めるとニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「荒事なら俺は大歓迎だ」


 そうして、未だに驚いているシオツチを置いて先に悲鳴の聞こえた場所へと向かって行った。


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