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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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名の由来

「おぉ~! ここが八尋殿……外観だけでなく中もすごいですね!」


「あぁ……」


 山の頂上に建てられた八尋殿に着いたコウとネネはその中を見て感嘆の声を上げた。

 八尋とはとても広いという意味であるが、それが言葉だけのもので無いことを改めて実感する。

 そのうえ、決して派手という訳ではないが、内装は床から天井、壁に至るまで全てが綺麗であり、眩さと精白さを漂わせている。

 余計な物が一切なく、ごたついたものがあまり好きでないコウはすぐに気に入った。


「素晴らしいな……一体、何を使ったらこんなにも綺麗に出来るんだ? ここには誰もいないのだろう? それに埃や塵の一つも無いなんて……」


「この八尋殿はイザナギ様とイザナミ様の神力によって作られ、清浄な結界によって守られています。汚れなどはすぐに浄化されてしまうのでいつまでも清潔に保っていられるのですよ」


 シオツチがそう話すもコウもネネもいまいちしっくりと来ない。

 それほどまでにイザナギとイザナミの力が想像以上のものだということだろう。

 そんな二柱の様子を尻目にシオツチは八尋殿の中庭らしき所へ彼らを案内する。

 すると、そこは天から光が差し込んでおり、色とりどりの花々が美しく咲き誇っていた。

 その庭の中央には太い柱が立てられており、その向こうには空へと向かって七色に輝く大きな道が伸びている。


「これが……!」


「えぇ、高天原へと続く“天の浮橋”です」


「まるで虹そのものだな……」


 天と地を結ぶ虹の橋……紡ぐ神力を使い、自身の名前もコウであることにコウは不思議な縁を感じた。

 そして、彼は自分の友が名前を付けてくれた時のことを思い出す。

 コウの名前はミズチが付けてくれたものだった。




 ※※※※※※




 ある雨の晴れた昼下がり……出雲のとある河原で幼い二柱の神は出会った。

 一柱は信濃国しなののくにからやって来た蛇の神で名をミズチと言う。

 もう一柱は元から出雲の地に住んでいた神であった。

 当時、その神には親と呼べる存在はなく、名も無かった。

 言葉は周りにいた神々の話しを聞いて次第に覚えていったのだが、神代文字かみしろもじは全く書けず、ひたすら生きる為にどんな相手とも戦い、どんな物でも食べていた。

 その過程の中で荒御魂も少しは使えるようになり、ようやく自身が魚の神であることを知ったのだった。

 そんな荒々しい彼とは対象的にミズチは由緒ある土着神の出自で幼いながらも礼節を収め、神代文字の読み書きの他、一部の高貴な神しか扱わなかった大和言葉も嗜んでいた。

 つまり聡明だったのである。

 だからこそ、周りの神々はどうして彼らが仲良くしているのか疑問に思っていた。

 けれども、それは当の本人達が秘密にしていたので誰にも知られることが無かった。

 そんなある日のこと、河原でいつものように落ち合った二柱は他愛のない話しをしていた。


「なぁ……」


「あ?」


「そろそろ“お前”と呼ぶのも飽いてきた……本当に名前は無いのか?」


「ねぇな、そんなもん」


 “お前”と呼ばれたその神は河原の石の上で飛び跳ねていた蛙をむんずと乱暴に掴むと躊躇いもなく口の中に放り込む。

 そして、続け様に石の裏をひっくり返してそこに這っていた幼虫のようなものを摘みながら自分の口の中へ次々と入れ込んでいった。


「じゃあ、周りの者は何と呼んでいるんだ?」


「なんてって……“悪童”だか“悪食”だか……そんな風にだ。おっ、蚯蚓みみずがいる」


 ひっくり返した所の泥から這い出てきたミミズを見た悪食の悪童は今度は嬉しそうにそれを口に入れた。

 その様子を見たミズチは溜め息を吐く。


「はぁ……そんなんじゃ呼ばれても仕方ないな……」


「何か言ったか?」


「いや、何も……お前、いつまでそうしているつもりだ? 神なんだぞ?」


「神だろうがなんだろうが、知ったことじゃねぇよ。俺ぁ、好きで神になったんじゃねぇんだからな」


「……とはいえ、お前もこれから大人になったら妻を持ち、子を持ち、人間を助けていく……そうなった場合、いつまでもそうしている訳にはいくまい?」


「関係ねぇよ。どうせ、大人になる前に消えて無くなるんだ」


「……えっ?」


「ミズチも知ってんだろ? 俺らぁ神は人間に忘れられたらすぐに消えるってことを……」


「……あぁ、信仰のことか」


「そうだ、それ。俺なんか親もいねぇし、名前もねぇんだからすぐに忘れられる。だからこうして食べれる内に何でも食ってやるのさ」


 悪食の悪童はそう言って、浅瀬にいた沢蟹さわがにへと手を伸ばすもその腕は途中でミズチによって止められてしまった。


「なにすんだよ?」


「今のお前は自棄やけになって食っているようにしか見えんがな……すぐに消える? させない……そんなことは我がさせない!」


「離せよ!」


 忌々しく掴んだ友の腕を振り払う悪童。

 彼がその後に浅瀬を見ると沢蟹は既に姿を消していた。


「あ~あ、お前のせいで逃げられちまったじゃねぇかよ……っ、別にお前が消える訳じゃねぇんだから関係ねぇだろ」


「関係ない訳無いだろ!」


 ミズチは激昂し、彼の胸ぐらを掴むと浅瀬に押し倒す。

 その衝撃で周りに小石が飛び散った。

 同時に晴れた日にも関わらず小雨が降り始める。


「いってぇな……何しやがる!」


「どうして諦める! どうしてそう悲観する!」


「……ッ!」


「なぜ、自分で出来ることから始めようとしない!? お前ならばそれが出来る力があるというのに……!」


「……力があっても学がねぇんじゃ、どう使えば良いのかも分からねぇ……俺はお前じゃねぇんだ」


「だったら、我がお前を導いてやる!」


「……は?」


 ミズチの言葉に悪童は何がなんだか分からずに首を傾げる。

 そんな彼に向かってミズチは言葉を続けた。


「お前の力の使い方を教えてやる! 我の得たことをお前に教える! だから……だから消えるんじゃねぇ!」


 友の必死の説得により悪童はようやく落ち着いた。

 だが、珍しく感情を露わにしたミズチにただ戸惑うばかり……なので一言だけ言った。


「お、おう……分かった」


「よし」


 ミズチは頷くと悪童の胸ぐらを離し、立ち上がる。

 一方の彼は面倒な様子で頭を掻きながら起き上がった。

 降っていた小雨は通り雨だったのか既に止んでいた。


「ならば、まずはお前の名前から決めるか!」


「……えらい張り切ってるな。まぁ、いい。俺はよく分からねぇから適当に頼む」


「いや、そういう訳にはいかないだろう! これから多くの者達に名を知ってもらわねばならないのだから! そうだな…………ん?」


 思案するミズチは空を見上げ、何かに気付く。

 悪童もそれにつられて空を見上げると先程の通り雨のせいか綺麗な虹が出ていた。


「そういえば……お前と出会った時も雨上がりだったな。あの時も虹が出ていた」


「そうだったか? 俺ぁあまり覚えてねぇな」


「おい。……まぁいい。これでお前の名前は決まった。今日からお前は虹から名をとってコウと名乗れ」


「随分と流れに任せたな」


「そんなことは無い。虹という字は我が名である蛟と似ている。そして、そのどちらもコウと読む」


「そうなのか?」


「あぁ。虹を名にしたのは我らの出会いのきっかけであり、我らは互いに同じ者という意味だ。つまり……」


 ミズチはそう言って友を指差した。


「我はお前で、お前は我だ」


「俺がお前で、お前は俺……」


「そうだ。だから、共に生きて行こう! コウ」


 こうしてコウと名を授けられた悪童は友でありもう一人の自分であるミズチと共に虹の掛かった空をいつまでも見続けていた。




 ※※※※※※




(……もしかして、ミズチが俺を国津神の長にしたのもそういう意味があったのかもな)


「……コウ殿?」


「コウ様? どうしたんですか?」


 ぼーっと昔の記憶を思い起こしていたコウは心配するシオツチとネネの声によって現実に引き戻される。


「あぁ、すまない……少し、昔のことを思い出していた」


「昔のこと?」


「……遠い昔のことだ」


 コウの言葉にネネやシオツチは共に顔を見合わせる。

 彼らには到底分からない。

 自らの名を与えるきっかけとなり友との出会いのきっかけとなった虹……明日はその虹の道を歩んで高天原へ行く。

 それは今の自分を捨てること……虹の道を進んでコウという名を捨てること。


(……悪いな、ミズチ。俺は己の願望の為、お前から貰った大切なものを捨てる)


 未だに会うことが出来ない友に心の中で詫た後、コウはネネに新しい名を伝えた。


「ネネ、ここから先の高天原に着いたら俺のことはコウではなくアラハバキと呼べ。良いか?」


「えっ? なぜ、ですか?」


「コウ殿は国津神の長に僅かの間ですがなられましたからな……いかに国津神に寛容といえど、長であることがバレると都合が悪いのですよ」


「なるほど……そういうことですか。分かりました、アラハバキ様!」


「よし、ならば明日に備えて今日はもう休むとしよう」


 八尋殿で過ごす中つ国での一晩は各々の思い出話に華を咲かせた後、とても静かに更けていった。


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