万物原初の地
オノゴロ島……字で表せば淤能碁呂島と書き、別名、自凝島ともいう。自ずから凝り固まって出来た島という意味だ。
その歴史は古く、遥か昔……伊邪那岐命と伊邪那美命が国生みの際に“天の浮橋”に立ち、天の沼矛をまだ何も出来ていない海原に下ろして、脂のように海の上を漂うものを「こをろ、こをろ」と掻き回した。暫く掻き回し、矛を持ち上げると滴り落ちた潮が積もり重なって島となった。
この島こそがオノゴロ島であり、中つ国最初の国土……神代始まりの地である。
その後、完成したオノゴロ島に降りた二柱は“天の御柱”と“八尋殿”という広大な殿舎を建て、成婚した。
現在はその島の存在を知る者はいないが、実在しない訳では無い。
オノゴロ島は実在する。ただ、そこに行くことが出来るとは限らない。
※※※※※※
「……確かにアマミキヨの言った通りだな」
東北の海岸を出航してから三日後……ワタツミの加護とシオツチの潮を操る力によりコウ達の船は順調に航海をしていた。
そしてとうとうオノゴロ島らしき島が見えてきたのである。
「すごい潮の流れ……こんなの初めて見ます!」
船から海上を眺めるネネは身を乗り出しながら興奮する。
コウ達の船の行く手を阻むのは激流のような潮の流れとそれらがぶつかり合って起こる巨大な渦であった。
しかも渦潮は一つだけではなく、幾つも姿を現している。
「話しによればオノゴロ島は滴り落ちた潮が積もり重なって出来た島とのこと……恐らく、この潮も少なからずそこに起因するものがありましょう」
「……これを普通の船が無理に渡ったらどうなる?」
「強い潮の流れに舵を取られ……みるみる引き寄せられて最後は渦に巻き込まれて呆気なく壊されてしまうでしょうな。なんせ、この渦潮は鯛をも目を回し、浮き上がらせて泳ぐのを困難にさせるもの……例え、魚でも渡ることは無理です」
「うへぇ~、魚でも目を回しちゃうんですか!? でも、それなら空からならどうでしょう? 見る限りお天気は良さそうですが……」
ネネの言う通り、オノゴロ島の上空は快晴である。
だが、シオツチは首を横に振った。
「難しいでしょう」
「なぜだ?」
「天気はよろしいですが風がとても強く、鳥も飛ぶことさえままならないのです。これまで何羽もの鳥の姿を見てきましたが……どの鳥も風に流され海に呑まれたり、岩に身体をぶつけ死んで行きました」
「うわぁ……」
ネネはあまりにも悲惨な末路を聞いて声を漏らす。
つまり、この島は海と空における最も強固な結界が張られているということだ。
これでは国津神など近付くことは出来ない。
「……神力でない分、余計にタチが悪いな」
「まぁ、その結界の内一つは儂の力でどうにでも出来ますが……」
そう言うとシオツチは船の船首に立ち、目の前で手を広げた。
すると、激しい潮騒と共に潮の流れが大きく変わり、コウ達の前から渦潮は跡形もなく消え去ってしまう。
それを見ていたコウとネネは呆然とした。
「さぁ、行きましょうか」
「ほっほっほ」と笑いながら船を進めるシオツチの姿にコウとネネも言葉が出ない。
適材適所とは言うものの、やはりこう見せられてはすごいとしか言いようが無い。
取り敢えず流れるままにコウ達は船を進める。
そうして、やっとオノゴロ島の海岸へと到着した。
「うわぁ~! 綺麗な砂浜ですね!」
ネネははしゃぎながら船を下りる。
やはり、こういう所はまだ子供なのだろう……そんな微笑ましい光景を眺めながらコウもまた船を下り、周りを見渡す。
気候は暖かく、海岸には色とりどりの花々が咲き乱れ、木々には見たこともないような実がいくつもついている。
海の上では強かった風も上陸した途端、心地良いものとなっていた。
「すごいな、ここは……こんな場所、見たことが無い……」
「綺麗な所でしょう? 中つ国でさえこのような場所はありますまい」
「あぁ…………ここには誰かいるのか?」
「昔はイザナギ様があの“八尋殿”に居られましたが、今は淡海の多賀へ隠棲されており誰も居りません」
そう言って、シオツチは島の山の上にある立派な殿舎を指差した。
夫婦神が住むには十分であろう綺羅びやかさが漂っている。
「そうか……あの“八尋殿”は行くことが出来るのか?」
「えぇ、行くことは出来ます。恐らく、中にも入れましょう」
「そうか……よし、今夜はあそこに泊まろう。ここで一泊した後……高天原へ向かおう。ところで“天の浮橋”とはどこにあるんだ? 天上に続くわりには全く見えないが……」
コウの言う通り、天上と地上を行き来出来るという話しであったが島の上にはそれらしいものは全く見当たらない。
そのことについてシオツチは笑いながら答えた。
「ほっほっほ。“天の浮橋”は“八尋殿”の庭にあります。そこからでないと見えません」
「なるほど……何はともあれ、あれほど大きけりゃ旅の疲れも癒せるだろう。おーい、ネネ! そろそろ行くぞ!」
「はーい! 分かりましたー!」
砂浜を駆け回っていたネネはコウの言葉でようやく彼らと合流し、三柱は山の上に建つ“八尋殿”目指して歩き始めた。




