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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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別れの挨拶

 ショウシに要件を申し付け、その妻と子達を新しい家に移した翌日……ポイヤウンペとアイヌラックルはアイヌモシリへ旅立ちの時を迎えていた。


「アイヌラックル、ポイヤウンペ……世話になった」


「いえ、それを言うのはこちらの方ですよ。コウさん」


「オジキ、おれは今度はちゃんと強くなる! その時はもう一度、相手してくれ!」


「あぁ、勿論だ」


 互いに別れの挨拶を済ませ握手をした後、ポイヤウンペは突然何かを思い出したように懐から何かを取り出した。


「そうだ、オジキ。これやるよ」


「なんだ、これは?」


「おれが使っていた小刀マキリだ。……礼、まだしてなかったからさ。こんな物しか無いけど……」


「いや、そんなことは無い。ありがとう、ポイヤウンペ……大切に使わせてもらう」


 ポイヤウンペから小刀マキリを受け取ったコウはそれを眺める。

 アイヌ独特のアイウシ文様が中心となって柄には彫られており、他には渦巻モレウシキといった文様が所々に描かれていた。

 この文様にはそれぞれ意味がありアイウシは魔除け、渦巻モレウは力、シキには見守るという意味が込められている。

 ポイヤウンペにはまだ高天原へ行くことは伝えていない。しかし、この御守のような小刀マキリをくれたことにコウは不思議な縁を感じていた。

 その為、彼は自分もポイヤウンペに礼をしようと思い、彼の持っているクトネシリカを指差す。


「俺も何か礼がしたい……ポイヤウンペ、少しクトネシリカを貸してくれ」


「良いけど……どうするんだ?」


 ポイヤウンペからクトネシリカを受け取ったコウはその刃を指で軽くなぞる。

 すると、クトネシリカは淡い青色の光に包まれた。


「……よし、これで良い」


「な、何か光っているけど……何したんだ? オジキ」


「クトネシリカに俺の神力の一部を宿らせた。これでお前もクトネシリカがある限り、俺と同じ力が使える筈だ…………もし、上手く使いこなせばその刀に宿る神々の力も使えるかもな」


「ッ!? オジキ、ありがとう!」


 コウからクトネシリカを受け取ったポイヤウンペはそれをまじまじと眺める。

 そんな様子を見ていたコウにアイヌラックルがゆっくりと近付いて来た。


「コウさん、最後までありがとうございます……あと……くれぐれもお元気で……」


「あぁ……お前もな、アイヌラックル」


 もしかしたら今生の別れになるかも知れない……そんな思いがアイヌラックルの表情から読み取れる。

 だからコウは笑って言った。


「心配するな。全てが終わったらまたエントでも飲ませてくれ」


「ッ! ……えぇ、アイヌモシリで……お待ちしています。それでは……」


 所々、言葉を詰まらせ、顔を俯かせながらもアイヌラックルはコウの目の前で涙を見せず、彼に背を向けて足早に離れる。

 それを見たポイヤウンペは首を傾げながらも「じゃ!」と一言だけ言ってからアイヌラックルの後を追い掛け始めた。


「行っちゃいましたね……」


「あぁ……だが、あの方々にはあの方々の暮らしがある。仕方ないだろう……」


 寂しそうに呟くセキレイにヤタは肩を抱いて慰める。


「オキクルミ殿……世話になった」


「ポイヤウンペ君……またね~ぇ!」


「やはり……年をとっても別れは辛いものですのぅ……」


 ショウシ一家やクジ、シオツチも別れを惜しむ中……コウはただジッと彼らの背を見送っていた。

 そして、黙って彼らに背を向けると誰よりも早くその場から離れて行った。


(また会おう……アイヌラックル、ポイヤウンペ。……さて、俺もそろそろ旅立つ時だな)




 ※※※※※※




 その日の夜、コウはクジの家にてヤタとセキレイにあることを話していた。


「なぜですか! コウ様!」


「ヤタ、聞き分けてくれ……お前達を巻き込みたくは無いんだ」


「まさか……コウ様は初めから御自らのみで行こうとお考えだったのですか?」


「……黙っていて悪かったと思っている。だが、決してお前達を見限ったという訳では無い。そこは信じて欲しい……」


 コウの淡々とした口調にヤタは悔しそうな表情を現した。

 そもそもこうなった発端はコウが高天原が行く際に関して、彼ら夫婦の同行を拒んだからである。

 コウとしてはヤタ達を危険から遠ざける為であったのだが、そのことにヤタとセキレイが難色を示したからだ。


「お前達のことは既にワタツミ殿に頼んでいる。何かあったらワタツミ殿に頼ると良い……」


「……我らはそんなことを言っているのではありません。まだこの助けて頂いた命の分、恩を返しておりません!」


「ならば聞くが、その分の恩はいつになったら返し切れる?」


「そ、それは……」


 言葉を詰まらせたヤタにコウは更に追い討ちを掛けた。


「いつになったら返し切れるかも分からない恩を自分達の未来やこれから産まれてくるであろう子にまで押し付ける気か? ……そんな恩返し、俺はいらない。それにお前は今まで色々な所で俺を助けてくれた……もう十分に恩は返されたと俺は思っていたんだがな……」


「ですが! ですが……私達にはもう行く宛も務めもありません。そのうえ、コウ様までいなくなったら……」


「ならば、ショウシ達共々ここに……クジの家に住めば良い」


「えっ!?」


 驚きの声を上げるヤタとセキレイにコウは近付いて彼らの肩を叩いた。


「お前達はもうこの地の人々に頼りにされている。ならば、神と人間の橋渡しをしてくれ……それが俺からの頼みだ」


「橋渡し……」


「あぁ。これから先、ミズチが統べる国津神達の中には必ずお前達と同じような者達が出て来る筈だ。その者達がここに来た時……彼らと人々の間を行き交い、その距離を埋めて欲しい。そして、更に欲を言えば人間達を守って欲しい……それは俺と共に日々を過ごし、人間にも優しく接することが出来るお前達だからこそ頼めることだ。……どうか、ショウシ共々この地の人々を守ってくれ。頼む!」


 頭を深々と下げるコウ。

 その姿にようやくヤタとセキレイの顔にも僅かながらの明るさが戻ってきた。


「……分かりました。コウ様の頼み、このヤタとセキレイがお引き受けしましょう!」


「主が心を砕かれているのにこれ以上困らせてはいけませんものね。分かりました。ですが、コウ様……くれぐれも無理はなさいませんようお気をつけ下さい。あなた様は時々情に駆られて周りが見えぬ時がございますから……」


「あぁ、そうだな……気をつける。ヤタ、セキレイ……ありがとう」


(……さて、あとはショウシだ。あいつにはスイの身に何が起こったのか伝えなければならないからな)


 用事を一つずつ確認し片付け、コウはその足でショウシの家族がいる彼らの家に向かった。

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