命運
ショウシの妻の出産が終わり、数日が経った……集落の様子はコウ達が来た時と変わらない状態に戻っていた。
その数日の間、コウは人々と共に新たな高倉の建設とそれとは別に大きな建物の建設に取り掛かっていた。
「これは一体なんだ?」
「殿だ。まぁ、御殿なんて大層な代物じゃないが普通の家よりはだいぶマシだろう」
「何に使うんだ?」
一緒に建設に取り組んでいるポイヤウンペが疑問を投げ掛ける。
彼はこの数日、コウや人々に様々なことを教えられ色々なことを学んでいった。
無論、その中心にアイヌラックルがいたことはいうまでも無い。
「まぁ……まだ決まっていない」
「はぁ? 決めてもいないものを作っちまったのかよ!?」
「決めるのは俺じゃない。ショウシ達だ。最もあいつらが俺を信じ、乗ってくれればの話しだがな……」
ポイヤウンペにはコウの話しの意味がよく分からない。
そんな彼に今度はコウが尋ねた。
「そういえば……お前達はどうするんだ? アイヌラックルがここに来た目的であるお前はこうしている訳だが……」
「ん? あぁ……そろそろおれ達もアイヌモシリに戻るさ。だけど、こことあの鼠神の家族の行く末を見届けてからだ。良いだろ? オジキ」
「あぁ、構わない。そろそろ、ショウシの妻の産後の肥立ちも終わる頃だろうからな」
「産後の肥立ちって……そんな数日ちょっとで良くなるもんなのか?」
「人間の場合はもう少し時が必要だが、彼女は神だ。幾分人間よりは早い」
「……ってことはまだちょっと掛かりそうなのか」
「いや」
コウはそう言うと作ったばかりの殿を見上げた。
「この殿の完成は今日中に終わる。ショウシ達は明日、この殿の中で沙汰を申し付けるつもりだ」
「明日!? いくらなんでも早すぎねぇか!?」
「無論、母子はまだクジの家に居てもらう。明日この中に入るのは俺とお前とショウシ、それにヤタとシオツチとアイヌラックル……男衆のみだ」
「ま、まぁ……そうか……でも、それにしたって向こうにも準備が必要なんじゃないのか?」
「その必要は無い」
きっぱりと言い切るコウにポイヤウンペは口を閉じて息を呑んだ。
言葉には冷徹さは無い。恐らく、悪いようにはしないだろう。
しかし、それとは裏腹に切迫な様子も込められているようにポイヤウンペには感じられた。
「……そろそろ潮時なんだ。これ以上、シオツチとの約束を違える訳にはいかないんだ」
コウのそんな呟きはポイヤウンペの耳には届かなかった。
※※※※※※
翌日、朝の日が昇り始めた頃……コウは新しく出来た殿にヤタとシオツチ、ポイヤウンペとアイヌラックルを招集した。
呼び出されたショウシは今度は大人しくしている。
「……今回は随分と静かだな」
「妻と子を救ってくれたうえにここまで良くしてくれたんだ。何も言えん……あれほど我の内に救っていた恨みが今は恩に変わっている。ありがとう、魚の神のコウ殿」
「よせ。普通にコウで構わない。それに礼ならアイヌラックルに言うんだな」
「あぁ。オキクルミ殿、ありがとう」
「あぁ……いや……同じ父親だから、気にしないで」
たじろぎながらもあっさりと返すアイヌラックルを見た後、コウはショウシに視線を移した。
「さて、ショウシ。今回の一件についてだが……」
「あぁ。何とでも申し付けてくれ、望みとあらば今この場で我が命を……」
「昨日出来たばかりの新築の殿を血で汚す気か? それにそんな馬鹿なことはさせない……とはいえ、何とでも申し付けてくれという言葉に二言は無いな?」
「あぁ」
「ならば、遠慮なく申し付けよう。ショウシ……本日よりこの地に住み、俺がいない間この地の人々を守り、支えろ。家族共々に……それが俺がお前に申し付けることだ」
「なっ!?」
コウの言葉にショウシは驚くが、他の者達はやはり、といった様子で口元に笑みを作った。
「馬鹿なことを言うな! 我はお前達を……この地の人間達を……!」
「無論、悪くないとは言っていない。事情はどうあれ高倉に火を放ち、人間の娘を人質に取ったのだからな。だが、人死にが出なかったことは幸いだ。物など壊そうが、燃やそうがまた作ることは出来る。けれども命は唯一無二なるもの、作ることは出来ない……故に生み出すのも容易では無い。それはお前が一番よく分かっている筈だ」
ショウシは俯いてジッと話しを聞いている。
その顔の下にある床は濡れていた。
「だから、それらを踏まえてお前に俺がいない間のこの地の守護を頼む。言っておくが、これは治めてくれという意味では無いし命でも無い。そもそも俺は命ずる立場では無いのだからな。それに……この地に住むとしても人々がお前達を信じるかは別だ。どうする? 決めるのはお前の自由だ」
「……なぜ?」
「ん?」
「なぜ、あれほど酷いことをしたのに許してくれる!? なぜ、我らにそこまでしてくれる!?」
顔を上げ、涙で濡れるショウシの顔に向かってコウは呟いた。
「……亡き友の頼みだからな」
「えっ?」
「スイからは俺に話しを付けると言われたのだろう? 俺もネネから聞いただけでスイ本人から直接聞いた訳では無いが……あいつのことはよく分かるんだよ。こう見えて、付き合い長ぇからな」
「そう……か……」
「お前達が騙しているとは思わん。だから、ここも造った。今日からはここを家にするといい。……周りは高倉だらけだが、産後の床上げまでは静かに暮らせるだろう。さぁ、どうする? 俺としてはここまでしてしまった訳だが……」
ショウシは涙を拭き、毅然としてコウに向き直った。
「その申し付け、ありがたく受ける! このショウシ、家族共々お前の留守の間、大切なものを預かろう!」
「そうか、頼んだぞ」
そう言ったコウの顔にはようやく笑顔が戻ってきた。




