生命の芽吹き
高倉付近にある家屋の裏……コウはそこで自身達から離れていたヤタとショウシを見つけた。
「ここにいたか」
「コウ様!」
「魚神ぃ……お前、娘に……ネネに何かしていないだろうな!? 場合によってはお前を―――」
ショウシが全てを言い終えない内にコウは彼をいきなり殴りつける。
突然の出来事にヤタは驚き、ショウシはなす術も無く地面に倒れ込んだ。
「ーッ!?」
「コウ様!? いきなり何を……!」
ヤタの言葉には耳を貸さず、コウは縛られているショウシを彼の衣を掴み無理矢理立たせると自身の眼前まで引き寄せ、凄まじい剣幕で睨みつける。
その様にショウシは元より近くで見ていたヤタも思わず息を呑んだ。
「……お前の娘から事情は全て聞いた。確かに俺を恨むなら助けなど乞いたくも無いだろう……だが、自身の誇りでこれ以上大切なものを失うのか? これ以上大切な者達を巻き込む気か!」
「黙れ! 我らはどんなことも厭わない……最初に会った時に言った筈だ!」
「それはテメェだけだ! 風の噂と周りの言葉に踊らされ、誑かされ……自身で決められなかったテメェの独りよがりだ! ……少なくともテメェの娘は最後の最後になって自分の意思で決めたぞ?」
「……ネネはまだ弱いのだ。だから少し何かあればすぐに心変わりしてしまう。貫き通すことを知らないのだ」
ショウシの口調が落ち着いてきたのを見てコウは大きく息を吐いた。
けれども掴んでいる手は決して離そうとせず依然と力は込められている。
「聞こえは良いが俺から言わせればそんな考えだからこそ、いつまで経っても固執してしまうように思えるのだがな。……こだわりを持つのは構わないが持ち過ぎるのもどうかと思うぞ。現に……そのこだわりを持ち続けて俺がこの場でお前やネネを殺していたら、お前の妻やその腹の中にいる子らはどうなる?」
「ーっ!」
コウの言葉を聞いたショウシは言い返せなくなり口を噤んだ。
それはようやく、己の行動の先に待ち受けていた現実を知ったことによるものだろう。
その様子を見てコウはようやくショウシを離し、その縄を解いた。
「……どういうつもりだ?」
「お前の妻は俺の友であるアイヌラックルが見つけ、クジの家まで運んだ。……赤子が産まれるまではそこを使うと良い。食料も暖も取ることが出来るし、家にはそこにいるヤタの妻や知識に長けたシオツチもいる。お前の娘はアイヌラックルと共に向かった……お前も行ってやれ。ヤタ、案内を頼む」
「ま、待て! まだ我はお前のことを―――」
「あぁ、信じる信じないは勝手にすると良い。それはお前の自由だ。……だがな、新しい命が芽吹こうとしている時に敵、味方も関係無いだろ? それにこうして敵が手助けすると言っているのだから、それを利用しない手は無い筈だ。産まれたらさっさと去るも良し、また襲い掛かるのも良し……が、この状況の中でもまだ誇りにしがみつくようであればもはや馬鹿と言わざるを得まい。その時は俺はお前を殺すか、ここから追い出し、二度とネネはおろか妻子にすら決して会わせない! ……けれど安心しろ、お前がいなくなったら俺が責任を持って面倒を見て、この地に住まわせてやる」
有無を言わせないほとんど脅しに近いような言葉でショウシを圧倒するコウ。
彼はその言葉を受け、ジッとコウを見返した。
「俺も国津神だ。近頃はやってはいないが、手は既に血で汚れている。今更誰を殺そうが躊躇いなんてねぇが、見殺しにするっていうのは嫌いでな。……さっさと決めろ。今この場で死ぬかそれとも家族の元へ行くか……」
コウは手に太刀を出し、一振りして彼の前髪を斬り落とした後、その首筋に刃を突きつけた。
ショウシの顔に冷や汗が流れる。
彼がジッと見返した相手の眼は蒼く染まり、氷のような冷たさを放っていた。
その冷たさは見返していた目から身体の中に入り込み、ショウシの熱くなっていた心をも冷やす。
冷やされた心に恐怖が初めて芽生え、言葉が出ない……そんな状況に業を煮やしたのかコウはついに喝を入れた。
「ッ……いい加減早く決めやがれ!」
「……い、行く……」
「そうか。ヤタ、案内してやれ」
「は、はい……」
ショウシの言葉にようやくコウは太刀を消し、彼らに背を向けてヤタに案内を頼んだ。
ヤタはコウの命により、ショウシを連れてクジの家へと向かう。
そんな中、コウは腕を組んで夜天の空を眺めた。
(……ショウシに言ったことは俺にも言えることだ)
―――俺は他の者を叱れる立場じゃなかったな。
そんなことを思ったコウは瞬く星々を眺めた後、自身も立ち会うべくクジの家へと向かった。
※※※※※※
コウがクジの家に着くと家の中がなんだか騒がしい様子であった。
もしや、遅れたか……と思い、急いで中に入るとその瞬間、赤子を抱えたクジと遭遇した。
「コウ神様! なにやってたの、遅いよ!」
「おぉ、もう産まれたのか! 思ったよりも早かったな」
「逆に言えば、もう少し来るのが遅れていたら母子共に命は危うかったですよ。本当に良かった……」
クジに話すコウの会話に割り込んで傍で座っていたアイヌラックルがそう話す。
見ると、赤子はクジが抱いている子の他にシオツチやポイヤウンペ、ショウシやヤタの手の中にも抱えられている。
この時点で五柱……鼠は多産、ということに改めて驚くコウは同時にショウシが抱いている我が子に向けて微笑んでいるのを見て、フッと笑みを浮かべた。
全て丸く収まった、という訳では無いが取り敢えず今はこれで良いだろう。
出産はどうやら家の中の隅に麻布を広げて掛け、その中で行っているらしい。少し狭いとはいえ女神が三柱も入れれば十分だろう。
すると、そうこうしている内にその中から「おぎゃー!」と元気な産声が聞こえてくる。
「おぉ、まだ産まれるか!」
「今度はオジキの番だぜ!」
「えっ!?」
「そうだよ。皆手が塞がっているんだから……」
「空いているのはコウ様しかいませんからね」
「ほっほっほ、滅多に出来るものではありませんぞ?」
「いや、別に俺でなくてもアイヌラックルがいるだろう?」
「いやぁ……すいません。何しろ、昼間から探し歩いていたもので……少し疲れちゃって」
「おい」
わざとらしい反応にコウは思わず何か言おうとするも、アイヌラックルが言っていることは事実なので何も言い返すことが出来なかった。
だが、その内に赤子を抱いたショウシがコウへと近付いてきた。
「ならば、この子を頼む」
「ショウシ……いや、だが……」
彼にはほぼ無理矢理言ったようなもの……その禍根は未だに消えていない筈である。
そのことを気にし、赤子をなかなか受け取ろうとしないコウにショウシは言った。
「敵が手助けすると言っているのだから、それを利用しない手は無い筈だ……お前はそう言ったな? ならば、利用させてもらうさ…………それに」
「ん?」
「ネネが生まれた時はスイ様に抱いて頂いたのだ。この子は二番目の……ネネの弟だ。だから……お前に抱いて欲しいのだ、コウ」
目を見開くコウの手に自身の抱いていた赤子を預けたショウシは妻のいる麻布の向こうへと姿を消した。
残されたコウは手の中にいる赤子を見る。
ネネの弟であるその子は安らかに息を立てて静かに眠っていた。
今まで命を失う所を多く見たコウにとって、新たに命が誕生する所に立ち会ったのは一体どれほど前だったろうか……けれど、その中でもこうして産まれたばかりの子供を抱くことは今回が初めてであった。
小さな命の温もりが手の中にある……それを実感しながらコウは出産が終わるまでその子を見守っていた。




