優しさと弱さ
コウが再び洞窟の中に戻ると、そこにはミズチただ一柱だけが酒を相変わらず飲んでいた。
他の集まった者達は酔いに敗れ、地面に倒れている。
「…まだ飲んでいたのか?」
「おぉ、コウ。一体どこに行ってたんだ? ん? お前……血の匂いがするな」
「……気のせいだろう……それよりも、今の国津神達はだいぶ天津神を嫌っているみたいだな」
「ん? 宴の中で誰かがそう言ってたのか?」
「…………まぁ、少し耳にした程度だ」
先ほどのヤタの件も含め、さり気なく尋ねるコウ。
ミズチは酒を飲んで上機嫌だった為もあったのか、その事を不快に思わず、話し始めた。
「……確かに、今の国津神達は我が国津の長となったのも相まってか、ひどく天津神を嫌っている。それ故、今まで天津神と国津神の仲立ちをしていた者も天津側として粛清する傾向にあるようだ」
「なぜだ? 自身の務めを果たそうとする者のどこが悪い?」
「……コウ。今の国津神達はな……務めがどうのという奴らじゃないんだ。ただ、国津神の力を天津神に知らしめる……それだけを考えている。神や人……いや、いかなる命ある者にも弱さがある。その弱さは時に強固な意志がある者や真面目な者の心を簡単に崩すことが出来る。奴らはそれを知っているからこそ恐れているのさ……いつ裏切りに遭い、危うくなるかを………だから、その弱さや繋がりのある者を排しようとしているんだ。自身が危うくならない為にな…」
ミズチの言葉にコウは押し黙った。
彼自身、繋がりや弱さを持つことが悪いこととは思っていない。しかし、そこを突かれても立っていることが出来る自信があるか、と問われたら恐らく無いと言うだろう。
厳寒の地で出会ったクジや友であるミズチを楯にされたら……もしかしたら言う通りにするかも知れない。
「コウの考えも解せる……が、信じ過ぎるのもどうかと思う。……お前は優しい部分が多いからな」
「そうかも知れないな。だが、それはお前にも言えることだ。ミズチ」
コウは他の者の杯を手に取ると、その中にある僅かな酒を見ながら呟いた。
「我が?」
「あぁ。この場に居た国津神達に俺が長になることを伝えた時だ。………あの時、俺を快く思わない古くからの国津神達も居た筈だ」
「……気付いていたか?」
「気付かない方がおかしいだろう…。誰だって、いきなり入ってきた新しい者が友だからといって、急に自分達の上に立つ……それをすぐ受け入れる者などあるまい? 言われなかったか? 『信じて良いのか?』と……」
「言われたさ。お前が居なくなった後に…………まぁ、こればかりは仕方がない。お前でなくたって、いずれ誰かが上に立てばそいつに目がいく……けれど、それは時が経てば収まる。案ずるな」
「だが、お前の近くに居た者に対しては……そうはいかないだろうな…」
「良いんだよ。これぐらいで……天津神であれ国津神であれ、集まって事を成す連中は決して固まってはいけない。固まってしまったらそれこそお終いだ。たまには、士気を上げる為に異なる何かを入れた方が良いのさ。そうすれば、下の者も自然と意欲を出し……たかをくくっていた古い奴らは焦り出す……」
「……まぁ、俺には難しいことはよく分からねぇ」
「ははは、これは我も長になってから分かったことだ。コウに今、解されたら我の立場が無い」
笑うミズチを見たコウは杯の僅かな酒に口を付ける。
「そういえば、明日は翠もこっちに来るそうだ」
「スイが?」
「あぁ。どこで聞きつけた知らないが……お前を尋ねに出雲に来るそうだ」
スイとはミズチの友で鳥の神の一柱でもある。
コウは彼とはミズチを介して知り合い、いつの間にか酒を酌み交わす程の友の間柄になっていた。
「俺を尋ねに……か。ということはまた宴か」
「そう言うな。今はこの一時を楽しもうじゃないか」
その日、ミズチと再び飲み直した後……コウは昼間、彼と出会った河原に戻り、昔の日々を思い起こしながら一晩を過ごしていった。