襲撃の裏
アイヌラックルが集落を出てから長い時が過ぎた。
辺りはすっかり夜へと変わり、ショウシとネネはシオツチから見張りを交代したヤタに連れられ、集落の高倉跡へと来ていた。
燃え尽きた高倉の残骸は既に無くなっており、新たな高倉を作る為の木材が準備されている。
そんな場所の拓けた木材を積んでいる所でコウとポイヤウンペは座りながら待っていた。
辺りには彼らの他には誰もいない。
この場にいるのはコウとポイヤウンペとヤタ、ショウシとネネだけであった。
「ここに……」
ヤタはショウシ達を縛っている縄を引き、彼らをコウ達の前に引き出すとその場に座らせる。
コウは彼らが座るのを確認すると反対に自分は立ち上がった。
「さて、こんな夜に外で悪いな。……ところで、なぜ逃げなかった? お前達ならそんな縄を解いて逃げるのも容易いだろう?」
コウの言う通りショウシ達は縛られているとはいえ、それはただの縄……彼らがその気になれば荒御魂を使って逃げたり、無理矢理にでも解いて逃げ出せた筈である。
その疑問にショウシは静かに答えた。
「確かに容易い……だが、こんな傷で真昼に逃げ出せばすぐにバレるし何より遠くまで逃げられん。力尽きて倒れるのは明白だ」
「……そうか」
コウはどこか納得すると続けて言葉を繋ぐ。
「今回の件……俺は何か裏があるように思えて仕方ない。どうだ、話してはくれないか?」
「……あったとして、どうせ信じてはくれまい?」
「そう思うのはお前の自由だが、信じる信じないを決めるのは俺自身だ」
堂々と言い放つコウにショウシは「ぐっ……」と押し黙ってしまう。
「……それが嘘か本当かは聞いてみなくちゃ分からねぇ。話す話さないなんてそれ以前の問題だ」
なおも追い打つかのようなポイヤウンペの意見にショウシは押し黙る。
それを見たコウはいよいよ確信した。
「……あるんだな?」
詰め寄るようにそう聞くもショウシは答えない。
ポイヤウンペはそれを見て業を煮やしそうになるがコウがそれを制した。
そして、彼はネネの方を見る。
彼女は何か言いたそうな顔をしていた。
「どうした?」
「いえ……あの……その子の父親から何か聞いていませんか? 実は既にその方に話していたのですが……」
「ネネ! 余計なことを言うな!」
「アイヌラックルが? いや、何も聞いていないな……そういえば、アイツはどこに行った?」
「オキクルミ殿ならシオツチ殿と見張りを交代した後、集落を出ていった所を見たとたまたまいたセキレイが言っていました」
何も聞かされていないことと父親に叱責されたことでネネは落ち込んでいたが、ヤタの話しを聞いた直後に顔を上げる。
「オヤジが出ていった? なんで?」
「それを聞く前に……ヤタ、ショウシを連れてこの場から離れろ。ネネと話しがしたい」
「かしこまりました」
「なっ!? おい、コウ! ネネ、そいつには絶対に話すな! そいつは自身の為なら友をも犧牲にするような男だぞ!」
離れていく際、ショウシはネネに向かってそう呼びかけていた。
コウはその言葉により、彼が頑なに口を閉ざしていた訳を悟った。
スイを殺したのはコウという無実の罪の情報が中つ国中に深く浸透しているようである。
そんな中、ショウシがいなくなった後……先に口を開いたのはネネであった。
「あなたは―――」
「ん?」
「スイ様を殺してなんか無いですよね?」
「どうしてスイの名を……? それになぜ……そう思う?」
「だって……そんな自身の為なら友をも殺すような方だったら見ず知らずの……しかも襲ってきた私達を生かしておく訳無いじゃないですか? 本当は父上だって気付いている筈……ですが今一歩踏み出せないのです」
ネネの言葉にコウはなんと言って良いか分からず自身の言葉を詰まらせる。
そんなコウを事情が知らないポイヤウンペは不思議そうに見ていた。
「私達は国津神の仲間に正式に属してはいませんが……スイ様とははるか昔に知り合い、良くして頂きました。とても大きな恩を受けたんです」
「そう……だったのか……」
「スイ様よりコウ様のことは伺っておりました。我らのように孤独であったこと……ですがそれでも各地を旅し人間を助けていることを……そしてスイ様からは万が一のことがあった際はコウ様を頼るよう言われました」
「ッ……!」
コウは亡くなった友がそんなことを話していたのを聞いてどう言葉を返せば良いのか分からなかった。
スイはどんな者に対しても分け隔てなく接する……実に説得のある話しだ。
「そして、コウ様が出雲へ戻られたと報を受けたスイ様は喜んで出雲へ向かったのです。その際にコウ様と会った時に私達のことも伝えるよう話してくれました。……ですが、スイ様はそれ以来戻って来なくなりました。父上が不審に思い、各地で情報を集めた時……スイ様が魚の神のコウに殺されたことを知りました」
ネネの話しを聞いたコウはそっと目を閉じた。
大恩の者を亡くした者の気持ち……彼にはそのことがよく分かる。そして、そこから生まれる気持ちも……。
恐らく、それを聞いたショウシはコウと同じ道を進み始めたのだろう。
「父上は燃え盛る炎の如く怒りました。ですが、自身でも力の差はあることは自覚しており復讐する気持ちはあっても挑む気はありませんでした。家族を守る……それが父上にとって何よりも大切なことだったんです。ですが、スイ様の庇護が無くなってからは私達はますます貧しくなり所々を転々としていました。始めは各村や集落の食料を奪い、それを食べて日々を凌ぐ……野で休むことは慣れていましたからそれは苦ではありませんでした。しかし……そうも言ってられなくなったんです」
「どういうことだ?」
コウの隣にいたポイヤウンペが身を乗り出して聞く。
もはや、彼の頭にはコウが友を殺したという話しなど頭に無いようであった。
「私の母が産気づいたのです。鼠は代々、多産するものでして私が生まれた時に子が私一柱であったことに父上と母上は不思議がっておりました。その時に共に生まれる筈だった妹や弟が生まれようとしているんです。私の時はスイ様が産屋や食料など色々と気を配って下さっていたのですが、今はスイ様はいません。それにここは神々ですら来るのを拒む厳寒の地……子供を生むことなんて到底出来ません……」
「……確かにな。いくら神とはいえこんな所で子供を産んだら母親も赤子も無事ではあるまい。下手をすれば双方共に死ぬ」
泣きながら話すネネの口ぶりからするとまだ生まれていないのが分かる。
急を要する件だ。
「そんな時、父上が魚の神のコウが多くの国津神と戦うという情報を得たのです。戦った後、満身創痍なら勝つ見込みがあるかも知れない。それに人間を人質にすればいくら魚の神とはいえ手出しは出来ないだろうと……だから―――」
「もういい」
皆まで聞くまでも無いといった風にコウは静かな口調でネネを制した。
その手は次第に拳を作り、震え始める。
怒っているのだろうか、とネネは思ったがコウが言ったことは予想を覆すことであった。
「ポイヤウンペ! 今すぐクジの家に行って一緒に湯を沸かせ!」
「えっ……あ、あぁ!」
「ネネ、すぐにお前の母親の元へ案内しろ! 事は一刻も争―――」
「その必要はありませんよ、コウさん」
ポイヤウンペに早口に湯の準備を頼み、ネネを案内させようと彼女の縄を解こうとしたコウであったが突如聞こえてきた声に動きを止め、その方を見る。
すると、そこには腹の膨らんだ妊婦を背負ってアイヌラックルが立っていた。
ネネはその妊婦へと駆け寄る。
「母上!」
「アイヌラックル……連れてきてくれたのか!」
「えぇ。彼女からはコウさん達が休んでいる間に事情を聞かせて頂きましてね。コウさんに話せば絶対に無理をしてでも行くと言いそうなので先に俺が連れてきました。怪我したばかりの方に無理はさせられないですからね」
「そうか……助かったぞ、アイヌラックル」
「気にしないで下さい。……と、それよりもこの方はクジさんの家に運んで良いんですね?」
「あぁ。一応、産屋はあるが人間の使っている所を神が使う訳にはいかないからな。クジの家ならセキレイもいるし安心出来る筈だ。頼む」
「分かりました」
アイヌラックルはそう言うとネネの母親を連れ、クジの家へと向かう。
その間にポイヤウンペがコウの代わりにネネの縄を解いた。
「……良いんですか?」
「つまんねぇこと聞いてんじゃねぇよ。良いからさっさと付いて行け。……母ちゃんの支えになってやれよ」
「……ありがとうございます」
ネネはそう礼を言うとアイヌラックルの後を追い掛ける。
その背を眺めながらポイヤウンペはコウへ話し掛けた。
「今回のこと、不問で良いよな? オジキ」
「…………あぁ。……ポイヤウンペ、お前も行って手伝ってきてくれないか?」
「良いけど……オジキは行かないのか?」
「無論行くさ。……だが、その前にやることが出来た。だから先に行ってくれ」
「分かった」
頷いてその場を離れるポイヤウンペを見送った後、コウは場を離れさせたヤタとショウシの元へと向かった。




