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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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鎮まる戦いの火

 崩れ落ちる高倉から飛び出したポイヤウンペの目に最初に飛び込んできたのはショウシの縄に捕まったコウの姿であった。

 荒御魂を解放したコウの姿に始めは驚いたポイヤウンペであったが、すぐに冷静さを取り戻し、続いてショウシとネネの姿を捉える。

 そうして最後に自身のクトネシリカへと目を向けた。

 ネネに蹴飛ばされたクトネシリカは今なお宙に漂っている。

 今手を伸ばせばまだ掴めるが、ポイヤウンペよりも僅かにネネが前に出ている。ここで手を伸ばせば確実に邪魔をされるだろう。

 ほんの一瞬……しかし、長くも感じた思考の末、ポイヤウンペは決断した。

 ネネが行動を起こすよりも早く、何もさせないかのように素早く足を前に出し、クトネシリカを蹴る。

 自ら自身の得物を捨てるような行動にネネは驚くも、蹴られたクトネシリカは今度はコウとショウシの間に向かって回転しながら飛んでいく。

 そして、彼らを繋いでいた縄を断ち切ると地面に突き刺さった。


「なっ!?」


「……ッ! はぁ……はぁ……!」


 それによって縄は緩まり、コウは素早く首を締めていた縄と牙を外して捨てる。

 ポイヤウンペは着地に失敗し、地面に転がるも土だらけになりながらすぐに立ち上がった。


「世話……掛けたな……」


「なぁに……にしても、オジキ。ちょっと見ない間に弱くなったか?」


「寧ろ、その逆になったつもりだったんだがな……こんなみっともない姿じゃ言い訳も出来ないな」


 ネネに構えつつもカラカラと笑うポイヤウンペの言葉にコウは苦笑しながらも認める。

 その間にネネはショウシの元に駆け寄っていた。


「父上ッ! なんて酷い怪我を……!」


「ネネ、案じてくれるのはありがたいが……今はまだ戦いの最中だ。気を緩めるな!」


 近付いてきたネネに強い口調でそう言うとショウシは息を吸い始め、頬を大きく膨らませた。

 それを見たネネは両腕から両足の間にある膜をはためかす。


「オジキ、あいつは空を飛んで来るぜ。しかも速ぇ」


「ほぅ……だが、ショウシの方も厄介だぞ。吸った息を突風として吐き出す……その中には木片や熱風も混じっている」


「はぁ!? ……ったく、おれが今まで出会った国津神はそんな事して来なかったぜ?」


「それはそいつらが弱かったからだ。あれが手練れの国津神の力だ」


 互いに戦った中で得た情報を交換しながらポイヤウンペはコウに近付き、肩を並べた。


「なるほどな……じゃあおれは本当に運が良かったんだな」


「……来るぞ!」


 コウの言葉を合図に息を吸っていたショウシは己の膨らんだ頬を潰し、一気に彼ら目掛けて吹きかけた。

 その風に乗ってネネが猛然と滑空して迫る。

 風の力を借りたネネの速さはポイヤウンペが戦った時と比べ物にならない。


「まずい―――」


 ―――避けられない。

 そう思ったポイヤウンペはせめて突き飛ばされた時の為に身体中に力を入れ、覚悟を決めたかのように強く目を閉じた。

 吹き付ける風がポイヤウンペを襲う。けれども、強い衝撃は彼には来なかった。

 不思議に思ったポイヤウンペが恐る恐る目を開けると、目の前には大きな背がまるで彼を守るかのように立ち塞がっている。


「なっ!?」


「ぐっ……ぎぃ……!」


 コウがネネとポイヤウンペの間に割って入ったのだ。

 彼はネネの両肩をしっかりと掴み、突撃を受け止めている。


「オジキ!」


「くっ……まさか、お前でも目を閉じることがあるんだな。子供らしい所もあるじゃねぇか……ッ……とはいえ、これでさっきの分の借りは返すぞ?」


 突撃を受け止めてはいるものの未だに強く吹き付ける風とそれに乗ってきた木片や熱風によりコウの身体は徐々に押され始める。

 この時、ポイヤウンペは初めて気が付いた。

 自身が初めて守られたことに、自身が初めて他の誰かと一緒に戦っていることに……それに気付いた途端、彼の目からは涙がこぼれ落ちた。


(おれは……今まで誰かを助けたことは何度もあったけど……助けられたのは初めてだ)


 初めて本当の意味での孤独から脱した為に流したものなのか……その意味を知るのはポイヤウンペ本人のみ。

 目から溢れた雫は風に乗って払われ、その跡は熱風によりすぐに乾いてしまったものの、お陰で彼は涙を拭う手間が省け、コウやショウシ達、遠くから戦いを見ていた人々に一瞬だけ出てきた弱さを気付かれすに済んだ。


(今のおれに出来ること……それはオジキがくれたこの好機を逃さないこと!)


 何かに気付いた者はその途端に強くなる……ポイヤウンペは気持ちを切り替えると自身の前に立つコウの肩を掴み、飛び越えるようにして彼の前に出る。

 そうして組み合っているネネの頭を踏みつけるとショウシの息の突風が及ばない高さまで跳躍した。

 目指すは無防備になったショウシ。


「何ッ!?」


「くらえぇぇぇーッ!!」


 叫びながらショウシの顔目掛けて蹴り付ける。

 その力はコウに比べて弱いものの怯ませるには十分であった。

 ショウシが怯むと共にコウへ吹き付けていた強風も止み、ネネの身体は急にその場で下がり始める。

 コウはその機を逃さず、ネネの態勢を崩すと力を込めて彼女を父親の方へ投げつけた。


「きゃあ!」


「うおっ!?」


 娘を投げつけられたショウシは受け止めきれずそのまま倒れ込む。

 それと入れ違うようにしてショウシの背後にいたポイヤウンペは彼らを飛び越えるように後方へ大きく跳躍して避けた。


「やるじゃねぇか、ポイヤウンペ」


「へっ……オジキこそ」


 ポイヤウンペに近付いたコウは肩を軽く叩き、彼と共に笑い合う。

 すると、そんな最中……彼らの前で倒れていたショウシとネネがゆっくりと起き上がってきた。


「いっ……!」


「お、おのれぇ……!」


「……さて、そろそろ終わりにするか。オジキ」


「……あぁ、これで最後だ」


 笑い合うのを止め、ショウシ達を睨みつけた彼らは揃って足を後ろに引く。

 そして、コウはショウシに……ポイヤウンペはネネの腹部に向かって同時に強く蹴り込んだ。


「ッ……ガハッ!!」


 暫くその蹴りに耐えこんでいたショウシとネネであったが、やがてめり込んでいく力に耐えられなくなり息を一気に吐き出して蹴り飛ばされていった。

 倒れ込んだと同時に彼らの姿も人間のものへと戻る。

 見ると、親子揃って気を失っていた。


「……ふぅ、終わった……ぜ……」


 戦いが終わったことを確認し全身の力が抜けたのかポイヤウンペは手足を広げてその場で倒れ込んだ。

 それを見ていたコウも安堵の息を漏らす。

 神と人間の共闘は終わり、燃えていた高倉の火も徐々に鎮まっていった。

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