人間からの説教
―――ようやく観念したか。
と、ショウシは内心で安堵する。
正直な所、彼は今回の襲撃でコウを討ち取れるか不安でならなかった。
いくら、昼に国津神達と戦い疲弊しているとはいえ根本的な実力に変わりは無いからだ。
その為、いざという時の為に敢えて人間の娘を誰にも気付かれずに攫い、コウを誘き寄せる為に高倉に火を付けた。
結果、人質を手に入れたことは効果があったようでコウは従順になっている。
―――もう少しで終わる。
一歩一歩コウへと近付くショウシであったが、その油断によるものか彼は気付いていなかった。
彼らの他にもう一人近くにいることに……。
そのことに気付いたのは娘であるネネであった。
(誰かいる!)
何かの気配を感じたネネはクジを捕らえたまま辺りを見渡す。
背後には燃える高倉、周囲は拓けており隠れるような場所は無い。
だが、何かの気配を感じる。
「父上! 何者かが近くに―――!」
そう言い掛けた途端、空を裂くような音がネネの耳に届いた。
ネネはクジを掴んだままその場を飛び跳ねる。
すると、先程ネネとクジのいた場所に一本の刀が落ちてきて地面に深々と突き刺さった。
それを見たネネは上をすぐに見る。
だが、その方を向いた先には既に足を振り上げた人間の少年が待ち構えていた。
「うおらぁぁぁ!!」
気付いた時にはもう遅く、ネネは頭を思いっきり蹴られて地面に伏した。
その際、捕らわれていたクジは解放され少年がクジを庇うように彼女達の間に割って入る。
「ネネ!」
「お前は……ポイヤウンペ!」
「へへっ……何とか間に合ったようだな」
少年、ポイヤウンペはクジの手を引きコウの下へと駆け寄る。
一方、ショウシは何が起こったのか分からず戸惑うが、取り敢えず自分の娘の安否を確認する為にネネの下に向かった。
「コウ神様ぁ!」
「クジ、よく無事だったな! ポイヤウンペ、ありがとう」
「それは良いけど、オジキ。一つ言いたいことが―――」
「コウ神様……」
ポイヤウンペの言葉を遮り、クジはそう呟くと突然コウの頬を強く叩いた。
「なっ!」
流石のポイヤウンペも驚くがそれ以上にコウの方が驚き、言葉を失う。
「なんで喜んで死ぬなんて言えるの? コウ神様が死ぬなんて嫌だって言ったのに……失うくらいなら代わりに死んだ方がマシ、だなんて……そうやって残された人の気持ち分かる? そんなことされて生き残ったって嬉しくなんか無い! 悲しいだけだよ……私達を置いて一人だけ逃げないでよぉ……コウ神様ぁ……」
クジはそう一気にまくし立てると堰き止めて川の水が溢れるように大粒の涙を流し、声を上げて泣き出した。
コウはそれを見て何と言って良いか分からず、言葉を詰まらせる。
そんな彼らのやりとりを傍で見ていたポイヤウンペは困ったように頭を掻くと自分の懐から布を一枚取り出し、クジへ差し出した。
「……ほら、これで取り敢えず涙を拭けよ」
「……うん。あの、その……助けてくれてありがとう」
「良いって。オジキが時を稼いでくれなきゃ、おれもここにはいないし…………オジキ、おれにはあんたのやろうとしていたことはよく分かったよ。火の煙を使って奴らの目を晦ました隙に助け出すつもりだったんだろ? だけど、その後に言ったアレはよく無いですよ。……まぁ、言いたいことは全部クジが言ってくれたからおれはもう何も言わねぇけど……」
「…………すまないな。クジ、ポイヤウンペ……俺はどうも弱気になっていたらしい。大切なものが目の前にあるのを見て動揺しちまったようだ。ははは……人間の子供に説教を受けるとは俺は神として情けないな」
「そんなことねぇだろオジキ。神も人もそう大差は無い……どっちも命があるんだから泣いたり、笑ったりもするし腹も減る……ほとんど変わんねぇだろ?」
「あぁ……確かに、そうだな」
ほとんど素に戻っているポイヤウンペだが、コウはそんな事は気にしていなかった。
寧ろ、こうやって正面から何かを言われたことなんて久し振りだろう。ましてや、頬を叩かれたり、説教を受けるなんてことは数百年振りだ。
「それに……元はと言えばそこにいる奴らが原因だしよ!」
ポイヤウンペはそう言うとようやく起き上がったネネを支えるショウシへ振り返った。
その目には激しい怒りの炎が宿る。
「おい、お前らぁ! こんな真似しやがって……おれはこういうことをする奴らが一番嫌いなんだよ!」
「黙れ! 人間の子供風情が邪魔をしおって……これは我ら神の問題だ!」
「何が神の問題だ! 人間の娘を自分の都合で巻き込みやがって、おまけに火なんか付けて人間を害してんじゃ神の問題も何もねぇだろうがぁ!」
ポイヤウンペの言葉にショウシは反論出来ないのか「ぐっ……!」と言葉を詰まらせた。
「オジキの話しを聞いて同情して……少しは手加減してやろうかと思ったが、もう許さねぇ! こんなことが出来ねぇように叩きのめしてやる!」
「……話しといえば、ポイヤウンペ。そういえば、お前はどこから聞いていた? というよりどこから来た?」
今更ながらに浮かんだ疑問をポイヤウンペにぶつけるコウ。
そう言われて、ポイヤウンペは頭に昇った血が降りたのか静かになって語り始めた。
「えっ? あぁ、実はオジキがあそこから姿を消した後、おれは追いつけないと思って草を掻き分け、崖を下ってこの集落の裏まで来たです。それで、おれもここに向かおうとしたんだけど、逃げる人が邪魔で邪魔で……だから家々の屋根を伝ってここまで来たんだけど、見たらクジは捕まっているしオジキの首がどうこうって言ってたし……だからおれ、いつでもあいつらを襲えるよう、高倉の屋根に飛び移って機会を待っていたんです」
「高倉のって……熱くなかったのか?」
「いや、熱いですよ!? ……まぁ、でも待ったかいはありました。でもオジキ、奴らはきっともう聞く耳を持たないでしょう。それでもまだ話しますか?」
「いや……」
コウはそう言うとクジを自分の背に隠し、ポイヤウンペと共にショウシ達を見る。
その眼は蒼く染まっていた。
「今はもう話さねぇ。だが、諦めた訳じゃない。聞く耳を持ってから話すさ」
神力による紡糸を出し、ポイヤウンペの突き刺したクトネシリカに付けたコウはその刀を一度自身の手元に出現させた後、ポイヤウンペへと投げ渡す。
ポイヤウンペはそれを受け取ると嬉々として構えた。
「さぁ、行くぜ! オジキ!」
「……やはりお前に丁寧な言葉は似合わないな。お前はお前らしくそのままいてくれ」
そう言うコウも手元に自身の使い慣れた太刀を出し、鼠の親子神に向かって構えた。




