鼠神の親子
単身、高倉まで来たコウはクジを捕らえている者達をまじまじと見る。
男は髪や髭を伸ばし放題にした巨漢でお世辞にも綺麗とは言えない。対して、傍にいるその男の娘らしき女子は髪を短く切り揃えており、幼いながらも綺麗な顔立ちをしている。
一見すればとても親子とは見えない。しかし、目元など雰囲気が似ている部分も見受けられる為、コウはこの者達が親子であると感じた。
彼らから少し距離を取り、コウは口を開いた。
「普段はいないから治めているとは言えんがな……それはそうと、そんな幼い娘までこんなことに巻き込んでみっともねぇとは思わねぇのか?」
幼い娘、その言葉が表すのはクジか男の娘か……真意は定かでは無いがその両方を指しているのだろう、と男は解釈して言葉を返した。
「思うさ……だが、我らが生きていくにはこうする他無いのだ」
「……お前達は近頃、この辺りを襲っている国津神か? ならば、食い物はやるからその人間の娘を離せ」
コウはなるべく穏便に済ませるよう静かに悪くない条件を提示しながら説得をする。
それは出来るだけ争いを起こさないよう、そしてクジを安全に取り返す為であった。
大切な者の命を助けられるなら、コウは食べ物を全て渡しても良いとさえ思っている。
けれども、そんなコウの思いを込めた頼みにも関わらず、男は首を横に振った。
「なぜだ?」
「今までは食べ物だけで良かった……だが、今度ばかりはそうもいかぬ。……限界が来たのだ」
「どういうことだ?」
「それはこちらの都合……お前には関係の無いことだ」
男はクジを立ち上がらせると、そのか細い腕を押さえている役目を隣にいる娘に任せる。
そして、懐から獣の牙が連なった縄のような物を取り出した。
「我らの望みはこの集落そのものを貰うこと……そして、お前の首だ。魚の神のコウ」
「……俺の首か。それに俺を知っているということは出雲から来た刺客か?」
「いや、我らはあの国津神達に属してはいない。なにぶん鼠の神なのでな……他の神々にも疎まれているのだ。だからこの地を奪い、出雲の国津神達から追われているお前の首を差し出せば我らもミズチ達と杯を交わし、出雲の国津神達の仲間になれるということだ。そうすれば、この貧しき生活からも抜け出せよう……」
つまり、コウを討ち取った手柄による正式な国津神としての仲間入りを果たそうということらしい。
だが、コウには一つの懸念があった。
「……今のミズチの下に就くのは構わんが、恐らくお前が思っているのと違うぞ。聞くと今のミズチは身内にも容赦はしないらしいからな」
「それはミズチに反した愚かな者達の末路だろう? 我らは生き抜くためなら何だって行う。天津神の殺害から人間を襲うことまで……どんなことも厭わない!」
「……なるほど、その覚悟は本物のようだな。ということは、たまたま今日俺が居る時にここを襲ったのも偶然ではあるまい?」
「あぁ。風の噂で魚の神のコウがこの地にいるのとそれを討ち取る為に多くの国津神達が向かったことは知っていたからな。お前は昼、多くの国津神と戦い疲弊している。その隙を突いたのだ。……悪く思うな」
恐らくポイヤウンペが倒したであろう国津神達の姿を見たのだろうが、生憎コウは疲弊するまで戦ってはいない。
状況を確認して入念に攻め時を見計らったのは見事だが、その裏側を知らない以上この襲撃は裏目に出ている。
だが、コウが不利な状況であることもまた確かだ。
戦うことは出来るとはいえ、クジを人質に取られている以上は迂闊には動けない。
相手は同じ国津神……荒御魂を使おうとするとバレる恐れがある。
しかも速く動こうにもコウの身体は水に濡れていない……消火を行う長達の近くに火を消す為の水の入った瓶はあるもののわざわざ浴びに行くことも出来ない。
せめてクジが彼らから離れてくれれば良いのだが、そう簡単には出来ない。
コウは取り敢えず時を稼ぐことにした。
「いや、悪くは思わねぇさ。感心はしねぇがな……そういえば、名前をまだ聞いていなかったな。黄泉に行く前に教えてはくれないか?」
「……良いだろう、我が名はショウシ。そしてこの我が娘の名はネネだ。見た目は幼いが戦いの腕は我と引けを取らぬ」
「ほう……一度その腕前見てみたかったがな」
コウの目の前で高倉は音を立てて燃え上がり、黒煙を辺りへ撒き散らす。
その黒煙が上手いことショウシ達の目を隠してはくれないか、とコウは心の中で願ったが夜風がそれを妨げ、黒煙がショウシ達を覆うことは無かった。
「……残念だったな。どうやら、今日は風は我らの味方らしい」
「…………そのようだな」
「諦めろ。望むだけ辛い今を強く感じるものだ」
「コウ神様ぁ! 嫌だよぉ……私の為に死ぬなんて……嫌だよぉ!」
「クジ……悪いな、もう一度お前と一緒に遊んでやれなくて……だけど、俺はお前やここに住み、俺を慕ってくれる者達の為なら喜んで死ねる。……目の前で大切な何かを失うくらいなら俺が代わりに死んだ方がマシだ」
一歩一歩近付くショウシと叫ぶクジの姿を目に焼き付け、コウはそっとその瞳を閉じた。




