夜襲
「なんだ、こんな夜遅くに……騒がしいな」
それを聞いたポイヤウンペはコウと共に集落の方を見てあることに気が付いた。
「……あっ、オジキ! あそこだ! あそこに火が見えます!」
ポイヤウンペが何かを見つけ、その一点を指差す。
彼の敬語は気になるもののコウがそちらに目を向けるとそこには高床の倉庫のような建物から黒い煙を立て、赤々とした炎が上がっていた。
「あの高倉は米や稗といった穀物を貯めている倉……絶対に火なんて起きない筈の場所なのになぜ?」
「そういえば、おれがこっちにいた間に聞いた噂があります……近頃、この辺りの集落じゃ食い物を狙って国津神の集団が夜襲をしていると……」
「なんだと? じゃあまさか……あの火も?」
「多分……」
「その国津神……どんな連中か分かるか?」
「なんでも、聞いた話しじゃ鼠の神だとか……おれも詳しくは分からねぇけど。でも、人間から食い物を奪う神なんて聞いたことがありません……神だったら人間から供物を貰える筈じゃ……」
人間は神に感謝の意を込め、捧げ物をする……それは当然のことであるが、ポイヤウンペのその言葉にコウは僅かながら顔を曇らせた。
「……アイヌとは違い、ここじゃあ人々に祀られない神々は多くいる。特に鼠なんかは採った穀物を食らい、害するから忌み嫌われはするものの感謝はされないものだ。祀られない神々は自分達で食い物を探すしか無い。神にとっての“死”とは他の神に殺されることか、人々から忘れられることだ。そうすると、悪いことで人々から忘れられない神というのは辛いものだ。なんせ、死ぬことは出来ないし生きることは難しいからな……しかも人間と違って助けてもらうことも出来ない」
助けてもらうことが出来ない……そんな状況を想像したポイヤウンペは生まれて初めて恐怖を覚えた。そして、いかに自分が恵まれていたのかを改めて感じ取ることが出来た。
「恐らく、その国津神もそんな神の内の一柱だろう……とはいえ同情こそはするものの人間を襲う以上、俺も黙って見ているつもりは無いんでな……」
コウはそう言うと集落に背を向け、歩き始める。
ポイヤウンペはそれを見て慌てて呼び止めた。
「オジキ! どこに行くんですか!? おれと戦った時みたいに一瞬で集落に行くんじゃないんですか!?」
「確かに俺の神力の紡技なら一瞬でその場所に行けるが……あれは俺が持っていた物がそこにある時か新たに紡糸を付けた時だけだ。だから、俺はお前と戦っている最中に貝殻を投げて移動しただろう?」
「だけど、その前は物なんて投げずにおれの目の前まで来て―――」
「フッ……なら、お前が見破れなかったもう一つの技を見せてやる。付いて来い」
そう言うとコウはポイヤウンペを誘い、丘の近くにある小川へと連れてきた。
そうして、小川の水を手で掬い、自身の身体へと掛ける。
「……こんな夜中に水浴び?」
「お前は覚えているか? お前が俺を目で追えなかった前、俺に何があったのかを……」
「えっ、そりゃあ……確かオジキを海に突き落とした筈……」
「そうだ。そして、二回目は俺が貝殻を投げた後……その時、俺は海に浸かっていた」
「まさか……海水?」
「おしいな。正確には水だ。俺は魚の神なんでな……水を身体に浴びるとその身体についた雫が消えるまで俺は水の中にいる魚と同じ速さで動くことが出来る」
「なっ!?」
「だから、俺は先に行ってる。ポイヤウンペ、なるべく早く来いよ」
コウはそう言って口元に笑みを浮かべると瞬く間にその場から姿を消してしまった。
「は、速ぇ……じゃない! 早くオジキを追い掛けねぇと!」
僅かな間呆けていたポイヤウンペだったが、すぐに今の状況を思い出し、急いで集落へと向かって行った。
※※※※※※
コウが集落に着いた時には身体に付いていた雫は全て消え、元の速さに戻っていた。
「チッ……まだ少しあるってのに!」
舌打ちをしつつもコウは火の手が見えた高倉の場所目指して駆け出す。
多くの人々が逃げ惑う間を何とかすり抜けながら目指すも高倉に近付くにつれて夜には無い明るさと熱気が増し、コウの心を焦らせた。
「助けてぇ!」
「火が倉に!」
「落ち着け! 倉には戻るな、火は俺が何とかする! 皆は風上の方へと逃げろ!」
助けを求めて叫ぶ者……倉に蓄えた食べ物が心配で戻ろうとする者……人々が混乱に陥る中、コウは高倉へ向かう足を止めずに声を張り上げて一喝し冷静に人々に指示を出す。
すると、そうこうしている内に火に向かって懸命に水を掛けている人々の一団を見つけた。
「長!」
「おぉ、アラハバキ様! 来て下さったのですか!」
その一団の中から見知った顔を見つけたコウはその者に話し掛ける。
「大変なことなったな。皆は無事か!」
「はい。幸い、普段は寄り付かぬ倉のうえ夜ということもあってか、死人は出てきておりません。ですが、なぜこのような所から火など……」
「どうやら、近頃この辺りで夜襲をしている国津神の仕業という説が強いみたいだ……何か見た者はいないか?」
「そういえば……若い者が火が上がる前に怪しげな二人を見たとか……もしかしたら、その者達かも知れません」
「怪しげな者達か……」
「コウ様!」
コウが長から話しを聞いている最中……突然、辺りにヤタの声が響き渡り、闇夜の空から彼が目の前に降りてきた。
「ヤタ、どうした?」
「コウ様、クジさんを見ませんでしたでしょうか?」
「クジ? いや、見ていないが……クジがどうかしたか?」
「実は……家の中にいないのです私とセキレイ、シオツチ殿とオキクルミ殿が寝ている間にどこかに行かれたかも知れませんが……この火の騒ぎで起きてみたらいなかったんです」
「なんだと!?」
それを聞いたコウは血相を変えた。
そして、ハッとして燃えている高倉の方へ目をやる。
―――まさか、この中に。いや、クジは夜中に一人で遠くまで出歩くような娘では無い。
嫌な考えが浮かんではコウの経験に基づく彼女の人物像がそれを掻き消す。
だが、それも束の間……高倉を見たコウはあるものを見て頭が真っ白になった。
燃えている高倉の入り口……そこには腕を押さえ込まれ、捕らわれた姿のクジが膝をついている。
その彼女の傍にはまだ幼さの残る少女とその父親らしき者がいた。
「クジ!」
「コウ神様……ごめんね」
「お前がここを治める神だな? この娘を無事に返して欲しくば一柱で来い! もし、違えるようなことがあれば……この娘の命は無いぞ!」
「分かった! だからその娘には手を出すな!」
歯を食いしばり、悔しさを滲ませながらもコウは大切な者を救う為、火炎の巣と化した高倉へと向かった。




