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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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和解

 クジの家にてアイヌラックル達と語り合った後、コウはただ一柱のみで集落の見える小高い丘の上に来ていた。

 夜も深くなり、半分に欠けた月が天に高く昇ってはいるもののその輝きが弱い為か周囲はとても暗い。

 人間達ならこんな夜更けにはまず出歩かない。

 野犬に襲われたり、足を滑らせて谷に落ちることもあるからだ。

 だからこそ、誰にも知られたくない話しをしたり考え事を独りでする場合には逆に好都合なのである。

 コウは眼下にある集落を眺めながら孤独に物思いに耽っていた。

 アイヌラックルには自身の進んだ道に後悔は無い、と言った。

 実際、動機はどうであれ今の道を歩まなければこれまで出会ってきた者達とも繋がらなかっただろう。

 けれども、その裏である悩みもある。

 それはいつかクジやヤタといった事情を知らない者達をも巻き込んでしまうのではないか、という懸念である。

 事実、ミズチもスイも巻き込まれた。その中でスイは殺された。

 自身に災いが来るのは構わない……だが、自身の事情で巻き込みたくは無い。

 もし、クジがスイのように殺されたら―――


(……ッ! いかん!)


 コウはかぶりを振り、浮かんだ考えと情景を掻き消す。

 そして、ありもしない未来を想像した自分を馬鹿にするように嘲笑した。


「……俺は臆病になったもんだな」


 独り呟きながら何気なく天の月を見上げる。

 この日見る月は普段目にする月とは違い、遠くにあるようにコウには感じられた。

 そっと月に向かって手を伸ばす。当然のように届かない。

 これは今の自分自身だろう……カグツチという月に向かって手を伸ばしつつも決して届かない。

 目的は見えているのに手を伸ばしても伸ばしても届かない。

 夜天の中、強い光を求める自分の姿はさぞ滑稽だろう。

 コウはゆっくりと手を下ろした。

 その時、近くの茂みから突如として草が揺れる音が聞こえてきた。

 こんな夜遅くに人間は出歩かない。

 ―――どこかの神か、それとも野犬か?

 コウがそう思って音のした方を見ると、そこから見覚えのある者が出てきた。


「ったく、なんでこんな夜にこんな所まで出歩くんだよ……」


「お前は……」


 そこから出てきたのは寝ていた筈のポイヤウンペだった。

 彼はクトネシリカを腰に差し、草を掻き分けて出て来る。


「もう大丈夫なのか?」


「当たり前だ。おれを誰だと思っているんだ?」


 口も減らないその様子にコウは軽く笑い、再び眼下の集落を見る。

 ポイヤウンペはそんな彼の隣まで来ると膝を立ててその場に座り込んだ。


「こんな何も見えねぇ時に景色を眺めるなんて変わっているな」


「フッ、お前こそこんな夜にわざわざこんな所まで来るなんて変わっている」


「別に場所はあんたが居ればどこでも良かったんだけどよ。……まぁ、変わっていることは認める」


 先程とは違い、意外と素直な面を見せたことにコウは内心驚いた。


「俺が居ればってことは俺に用があるのか? なんだ?」


「……あんたに聞きたいことがあるんだ」


 ポイヤウンペはそう言うとコウの方へと顔を向ける。

 その眼差しは先程喧嘩した時とは違い、強いものが宿っていた。


「アンタがオヤジの認めたカムイか?」


「…………自分で認めるのは気恥ずかしいものがあるが、そうなんだろうな」


「フッ、やっぱりか?」


 コウの返答を聞いたポイヤウンペは鼻で笑う。

 どうやら、アイヌラックルが言った通り彼も気付いていたらしい。

 その様子を見たコウは今度は役を入れ替えた。


「俺からもお前に聞いていいか?」


「なんだ?」


「お前の事情をアイヌラックルから聞いたが……お前は何の為に強くなろうとしてる? 親を殺された復讐か? それとも自身と同じような者を作らない為か?」


 コウの問いにポイヤウンペはすぐには答えず、真っ直ぐにコウを見つめていたがやがて少し考える素振りを見せると口を開いた。


「……早く自立する為かな?」


 ポイヤウンペの思ってもいなかった言葉にコウは無言になった。


「確かに親を殺されて怒ったし、兄貴と一緒に苦労もした。けど、その後は今のオヤジが面倒見てくれてるし……ここに来てあんたと戦う前は誰も本気で相手してくれないことに怒っていたけど、おっさんの話しを聞いたらおれは恵まれてたんだ、って思ったし……」


「……復讐する気は無いのか?」


「復讐……までは考えてねぇな。それよりも早く強くなって一人前になるってことだけ考えてた」


「強くなるのが一人前になることなのか?」


「だって、強くなれば何でも出来るじゃねぇか! 狩りで大きな獲物を仕留めることだって出来るし、皆にも認めてもらえる!」


「お前はもう十分認められてるよ。ただ、やんちゃが過ぎて野放しには出来ねぇだけだ。皆の目がある内は一人前なんて程遠いな」


「じゃあ、どうすれば一人前になれるんだよ?」


「そういうことこそ焦らずゆっくり時を掛けてなるものだ。昨日、今日なんかじゃ到底出来るもんじゃねぇ。それに武に長けただけじゃ真に強くなったって訳じゃない。礼節や知恵、知識……様々なものを学び、上手く生かすことこそが強いってことだ」


「上手く生かす……」


 ポイヤウンペはどこか腑に落ちたのかそう呟いて考えに浸った。

 コウはそんなポイヤウンペを見て笑みを僅かながらに浮かべる。


「お前の親父にでも教われ。アイツはそういうことは上手いからな」


「……いや、オヤジだけじゃねぇ」


 ポイヤウンペは何かの考えに至ったのか、そう呟くと急にコウの方へ姿勢を正して向き直る。

 そして、深々と頭を下げた。


「やっぱり、他にも必要だ。それこそ、おれやオヤジの知らないことを多く知っていそうな…………おっさん! これからアンタのことを師と呼んでもいいか?」


「なんだ突然、それに目上のものに何か頼む時は言葉遣いに気を付けろ」


「いや、おれにまともに相手出来るのはオヤジかあんたしかいねぇ……じゃなくていないんです! だから、これからはあんたのことを慕い、師と呼ばせて下さい!」


「お前の相手をするのは構わねぇが、俺を師と呼ぶのはよせ。俺は……」


 そう言葉を言い掛けてコウは言葉に詰まった。

 アイヌラックルはコウと自身のことを呼んでいる……だが、今はアラハバキとして名乗っている。

 さて、どうするべきか……そう悩む彼だったが、ポイヤウンペは自身の言葉をその考えに紛れ込ませた。


「なら、オヤジと知り合いってことなんでオジキで! それなら良いだろ!」


「……好きにしろ」


 ―――もう何を言っても聞かないだろう。

 そう思ったコウは渋々ながら承諾した。


「ありがとう! オジキ!」


 再び頭を下げるポイヤウンペを見て、コウは満更でもなさそうに息を吐く。

 その時、彼は眼下の集落が夜にも関わらず騒がしいことに気付いた。


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