アイヌの現状
「……コウ神様、この子全然目を覚まさないよ?」
「うーむ……少しやりすぎたか?」
ポイヤウンペとの喧嘩が終わりを迎えた後、コウ達は彼をクジの家まで運び込み寝かせていた。
外はすっかり闇が覆い、僅かに揺らめく火がほのかに家の中を照らし出す。
喧嘩が終わってからだいぶ時が経つが、ポイヤウンペは未だに目を覚まさず、流石のコウも心配になり寝ている彼の顔をクジと共に覗き込んだ。
「いえ、多分疲れ果てているだけでしょう。俺以外の者相手に全力を出すなんてことはありませんでしたから……」
「そうか? それなら良いんだが……」
アイヌラックルの言葉にホッと息を吐いたコウはポイヤウンペから離れ、座り直した。
そうして今度はアイヌラックルの方へと顔を向ける。
「ポイヤウンペは幼い頃に両親を亡くしたと言っていたが……まさか殺されたとはな……」
「えぇ。村々の争いに巻き込まれ、命を落としたんです」
「……なぜそのことを言わなかった?」
「……言ったら、あなたはポイヤウンペと真っ向からぶつからなかったでしょう? コウさんは強い……けれど、人間相手だと情が移ってしまう。それはあなたの強みであり弱みだ。ましてや、自身と同じ境遇の相手なら尚更です。それに……」
「なんだ?」
突如、言葉を詰まらせたアイヌラックルにコウは先を促すよう続けた。
アイヌラックルの言っていることは正しい。それはコウ自身が痛い程よく分かるのだ。
反論すら出来ない。
「村々が争うようになったのは……直接的では無いとはいえ、俺達にも原因の一端があるということですよ」
「……どういうことだ?」
「コウさんと俺がアイヌモシリで魔神や魔物、悪神を倒した後……アイヌモシリには平和が訪れ、人々の生活も豊かになりました。ですが、今度は人々の心に魔が住み着いたんです。脅かすのが飢えや貧困……それが人々の生活にとっての脅威となってから、人々は食料や宝を巡って争うようになりました。ポイヤウンペの両親もそれに巻き込まれたんです」
「なんと……!」
「この中つ国では神々が争っているのに、アイヌでは人々が争っているんですか……」
アイヌモシリの現状にシオツチとヤタが嘆いている中、コウは目を閉じて静かにそれを聞いていた。
「脅威が消え去れば新たな脅威が生まれる……争いの種はいつまでも消えないということです。今は俺が族長となってまとめていますが、どうなることか……」
「……ポイヤウンペはそのことを知っているのか?」
今まで黙って聞いていたコウはアイヌラックルに尋ねる。
普段と何ら変わらないように見えるものの、ヤタにはその瞳の奥が僅かに揺れているように見えた。
「いえ、知りません」
「そうか……もし、そのことを知ったらポイヤウンペは俺達をどうするんだろうな?」
ポイヤウンペを僅かに見ながらそう口にしたコウにアイヌラックルはおろか誰一人として答えることは出来なかった。
火にくべられている木々が音を立てながら割れ、辺りを暫く静寂が包む中……コウはゆっくりと口を開いた。
「……戦っている最中、俺はポイヤウンペに聞いてみたいことがあった」
「聞いてみたいこと?」
「あぁ。なぜ、そんなにも強くなることに急いでいるのか? 殺した者に対する復讐の為なのか……それとも自分と同じ者を作らない為なのか……それが聞きたかった」
その答えは結局、ポイヤウンペの言葉に遮られてしまった訳だが、コウとしてはどうしてもそれを聞いておきたかった。
「……ポイヤウンペには俺と同じ道は歩んでほしく無いものだ」
ヤタとセキレイ、クジはコウの言葉に首を傾げるが事情を知るシオツチとアイヌラックルはその意味を理解した。
復讐に囚われて進む者に明るい先行きは無い。現にコウは故郷を追われ、友を殺され、国津神達に狙われ、残った友を支えることも出来なくなっている。
「……でも進み続けるんですよね?」
「あぁ、後悔はしていない」
「なら、ポイヤウンペもきっと同じですよ。あいつも後悔はしない方ですから……けれど、やっぱり俺もコウさんと同じですね。コウさんと同じ道は歩んでほしくない」
「親父なら当然だ。所帯を持ち、自分の大切な者を守る……それが一番だ」
皆がそんなことを話している中、ポイヤウンペは寝返りをうち、見えない所で僅かに目を開ける。
どこから話しを聞いていたのかは分からない。
けれども、その目の中にはうっすらと光るものがあった。
「そういえば、ポイヤウンペには俺の正体……伝えるのか?」
「えぇ。ですが、それもアイヌモシリに着いてからです。コウさん達のお手間はこれ以上取らせません。それに恐らく、本人ももう気付いていると思うので……」
「そうか……」
「コウさん。そして皆様方……此度は我が息子の為に本当にありがとうございました!」
そうして、アイヌラックルは深々と一同に向かって頭を下げたのであった。




