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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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形勢逆転

 コウが姿を消した瞬間、ポイヤウンペは急に自分の身体が何かに突き飛ばされるのを感じた。

 腹部に強い衝撃と痛みを感じる……しかし、それだけでは何が起こったのかまでは分からない。

 突き飛ばされる中、苦痛に顔を歪ませながらもポイヤウンペは先程自分がいた所を見る。

 そこには離れた場所にいた筈のコウが足を前に出して立っていた。

 その姿が示すのはコウがポイヤウンペを蹴り飛ばしたこと……それだけでポイヤウンペは即座に宙で態勢を立て直して倒れ込むのを防ぐ。

 どうやって自分を蹴飛ばしたのか……なぜ、気が付かなかったのか……そんなことは今のポイヤウンペの頭には無い。

 彼の頭の中にあることはただ一つ……やられたらやり返す、それだけだった。


「っ……やるじゃねぇかよ、おっさ―――」


「無駄に口を開く余裕があるのか?」


 口元を緩ませ、笑みを浮かべるポイヤウンペだったが顔を上げた直後にいつの間にか目の前にいたコウの拳が頬に叩き込まれる。


「ぐっ!?」


 間髪入れないコウの追撃に流石のポイヤウンペも今度は砂浜に倒れ込んだ。

 その顔には先程の笑みは既に無く、悔しそうな表情が浮かんでいる。

 ここにきて彼の頭はようやくまともに働き始めた。

 とはいえ、明確な策などは無い。ただ“楽しむ”というのを捨て、目の前の相手に集中し始めたというだけだ。


「どうした、 さっきまでの威勢は? まさかこれで終わりというんじゃないよな?」


「当たり前だ!」


 と言っても、先程のように無闇に攻めようという気は無い。

 まずは様子見からである。

 だが、そんな考えはコウには通用しなかった。


「……少しは頭が冷えたみたいだが、冷やすのが遅すぎたな」


 そう言うや否やコウの姿は再びポイヤウンペの目から消え、次に現われた時には拳で彼の腹部を捉え、宙へ突き上げていた。


「かはっ……!」


 身体中の空気を吐き出し尽くし、半ば朦朧とし始める意識の中……空を見るポイヤウンペはもう何がなんだか分からなくなっていた。

 先に攻めても後に攻めても結果は同じ……自慢の足による攻めもやる前に封じられれば意味など無い。

 混乱と薄れゆく意識のままポイヤウンペは砂浜へ頭から落ちた。

 コウは倒れるポイヤウンペを見下ろす。


「様子を見るというのは耐え忍んでやるものだ。己の力を誇示し、自らの尺で相手の力を測るとロクなことにならないぞ。……今のお前のようにな」


「っ……なに?」


「運が良かったんだよ、お前は……今まで優しい連中や半端な力しか持っていなかった神々が相手だったからな。これが本当に強い神々だったら……死んでいたぞ」


「……おれが……おれが弱いって言うのかよ?」


「いや、お前は強い。ただ……未熟だっただけだ」


 コウの言葉にポイヤウンペは悔しそうに唇を噛み締めた。

 その顔からは初めての劣勢に追い込まれ、今までの自信が揺らいでいることが見てとれる。


「なぜそこまで急ぐ? お前はこれから大きくなるんだから焦る必要は無い」


「お前に……お前に何が分かるんだよ…………兄貴共々、目の前で親を殺されたおれは早く強くならなきゃならねぇんだ!」


「……だから、なぜそう急ぐ必要がある? 復讐の為か? それとも―――」


 親を殺されたと言ったポイヤウンペの言葉にコウは一瞬目を見開き反応する。

 アイヌラックルからは幼い頃に両親を亡くした、と聞いていたがまさか殺されたとは思っていなかったのだ。

 自身と同じ境遇……それを持つ人間にコウは問いてみたかった。

 自分と同じ道を行くのか、別の道を行くのか……けれどもその問いは遮られる。


「うるせぇ!」


 もう聞きたくない、と言わんばかりにポイヤウンペは怒号と共にコウの言葉を封じた。

 その腹の底から発せられた声はポイヤウンペの元々持っていた強い霊力も一緒に外に連れてくる。

 瞬く間にポイヤウンペの周りに旋風が巻き起こり、砂浜の砂を空へと巻き上げた。


「お前にとやかく言われる覚えはねぇ! あんまりナメんじゃねぇよぉ!」


 言葉一言一言に力を込めながらポイヤウンペはゆっくりと立ち上がった。

 彼の言霊は目に見えるほどの煙のような霊気となり、その身体を守るかのように包み込む。

 もはや、それは霊気ではなく霊威と呼べるようなものであった。

 神や人間でも神気や霊気を目に見えるほど現出させることが出来る者はそうはいない。

 これが意味することはすなわち―――


「本気を超え、死力を出し尽くしてまで戦う……という気か」


 死ぬ気で挑んでくる―――そう解釈したコウは改めて身構え直す。


「ああぁぁぁぁぁ―――!」


 クトネシリカを強く握りしめたポイヤウンペは雄叫びを上げながらコウへと迫る。

 そして、持っていたクトネシリカを薙ぎ払うかのように振った。

 コウはそのクトネシリカの刃が届く前に自身の腕をポイヤウンペが刀を持っている腕に当てて防ぐ。

 しかし、ポイヤウンペはその防がれた腕を回し、まるで蛇が木の枝を這うが如くコウの腕に絡みつかせながらクトネシリカを内側に潜り込ませる。コウの肩から先を斬り落とすつもりだ。

 コウはそれに気付き、ポイヤウンペが斬り上げる前に腕を離す。

 けれども、彼もそれを読んでいたのか……その際に出来た反対側の隙へ瞬時に蹴り込んだ。

 コウはその蹴り込んできた足をもう一方の腕で辛うじて防いだ。

 痛みは無いもののコウは蹴られた衝撃により、僅かに身体をよろめかせてその場を少し離れる。

 そのよろめいた際、コウは砂浜に落ちていた貝殻を拾った。

 だが、ポイヤウンペは先程のコウ同様に攻める手を緩めることなくすぐさま彼に近付き、足を振り掛ける。同時にコウは持っていた貝殻を海に向かって投げた。

 顔に蹴り込まれる……見ていたシオツチ達誰もがそう思った途端、コウの姿は一瞬にしてその場から消え、ポイヤウンペの足は空を切った。


「なっ! どこだ!」


「ここだ」


 驚くポイヤウンペに対し、水を打ったかのようにコウの声が聞こえた。

 彼は先程投げた貝殻を手でもてあそびながら、膝下を海に浸かっている。


「そうか……さっきまでおれに近付いてきたのもそれか!」


「まぁ、出来なくは無いが……違う。今から俺がやろうとすることがそれだ。……行くぞぉ!」


「おらぁ!」と気合いを込め、身体全体に力を入れたコウは瞬く間にその場から再び姿を消す。

 ポイヤウンペは感覚を研ぎ澄ませ、その姿を目に入れようとするも目を動かす前に強い衝撃と共に彼の身体が先に宙へと浮いた。

 先程殴られた時と同様に拳を上げたコウが目の前にいる。


(な、なんで……油断なんてしていなかった筈なのに!)


「このままだとお前の身が危ないんでな。悪いが、もう終わらせる。……命を賭してまで使う力。それはこんな喧嘩じゃなく何か大事なものを守る時に使え」


 そう告げるとコウは目にも止まらぬ速さで宙に浮いたポイヤウンペの身体を殴り始めた。

 腹部、腕、脚、肩……身体全体を余すこと無く殴り続ける。

 殴られている身体が軋む。ポイヤウンペにはコウの拳が見えなくとも何十発も殴られている感覚は分かる。

 どれくらい殴られたのか……やがてコウは拳を打つの止め、落ちてきたポイヤウンペの胸倉を掴む。

 そして、目一杯拳に力を込めると最後の一発を彼の頬に向かって殴りつけた。

 殴られたポイヤウンペは勢いよく砂浜に飛ばされ倒れ込む。

 全身を幾度も殴られたせいか身体は悲鳴を上げ、立ち上がる力すら無い。


「がっ……く……そっ……」


 息を吐き小さく呻いたポイヤウンペの気は遠くなり、この喧嘩はようやく終焉を迎えた。

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