アイヌの悪童
「初めまして、シオツチさん。俺はアイヌラックル……別の名をオキクルミと申す者です。さぁ、中へ……」
小屋の中に入ったコウとシオツチはアイヌラックルに促されるまま適当な場所へと座った。
その際、コウは小屋の中に自分達以外誰もいないことに気付く。
「……奥方はどうした?」
「妻は先にアイヌモシリの方へ返しました。今は俺だけです」
「というと……例のポイヤウンペなる少年がまだ見つかっていないのですか?」
「えぇ、その通りです。それにしても……コウさん、琉球はどうでした?」
「お前のお陰で色々なことが分かった。それに次なる目的地も決まったしな」
「次なる目的地?」
アイヌラックルはコウ達の話しを聞きながら、水の入った鍋に火を掛け、その中に薬草を入れる。
爽やかな香りが鍋から漂い、小屋の中に広まった。
「あぁ、高天原だ」
「高天ヶ原……というと、昔コウさんが話していた天津神達の?」
「そうだ」
「危険過ぎます!」
コウの話しを聞いたアイヌラックルは鍋をひっくり返しそうな勢いで立ち上がる。
コウはそれを窘め、座るように促した。
「まず、落ち着いて座ってくれ。アイヌラックル、確かに高天ヶ原へ行くことはこれまで以上に危険なことだ。だが、そうでもしなきゃ……俺の欲しいものは手に入らないんだ」
「でも……そんなこと! あなたにはクジさんやあなたを慕う者が大勢いるんですよ!?」
「俺はそこまで立派な奴じゃないさ。それにな、高天ヶ原に行くと言っても今回はこのシオツチが協力してくれる。そう、下手な真似さえしなければ大丈夫さ」
やや興奮気味に話すアイヌラックルとは違い、冷静に話すコウを見てアイヌラックルはようやくその場に座った。
「……まぁ、コウさんのことですから止めても行くんでしょうね」
「よく分かってるじゃねぇか」
「これで所帯でも持ってくれれば話しは別なんでしょうけど……」
「……お前といい、クジといい、どうして古くから馴染みのある奴らは皆、親みたいなことを言うんだ?」
「だってそうでしょう? コウさん、良い女神でも紹介しましょうか?」
「俺のことはいい。さっさとポイヤウンペについて話せ。でないと、手伝う前に高天原に行くぞ?」
「ははは、すいません。久し振りに会ったので少しからかいたくなったんですよ。そう怒らないで下さい、エントも出来ましたから」
不貞腐れては敵わない、とアイヌラックルは煮出った鍋から薬草入りのお湯を掬い、器に盛ってコウとシオツチに差し出す。
エントとはアイヌに伝わる薬草茶だ。
その名の通り、解熱や風邪に効果のある飲み物である。
「ほほう、これは……頂きます」
シオツチはエントの香りを嗅いでからそのお茶をゆっくりと味わった。
コウも一口啜る。
爽やかな香りと共に風味が身体全体に広まり、芯から温まるのを感じた。
「……酒も良いが、やっぱりこの味も良いな」
「爽やかな風味ですな。中つ国にはこのような物はありません。儂は気に入りました」
「喜んで頂けて幸いです。では……そろそろ、ポイヤウンペについて話してもよろしいですか?」
「あぁ」
「……ポイヤウンペとは俺のコタン……あぁ、シオツチさんには馴染みの無い言葉でしたね。本土の言葉で話します。コタンというのはアイヌの言葉で集落という意味です。つまりポイヤウンペは俺の集落に住む少年でして幼い頃に両親を亡くし、唯一の肉親である兄と共に俺が面倒を見ていました」
それを聞いて、コウは彼にクジの境遇を重ねたが……兄がいる分まだ良いのだろう、と考えをすぐに改めた。
「兄はしっかりしていて兄弟共々、俺のことを父親のように慕ってくれています。その中でもポイヤウンペは武勇にすさまじく……特に弓の扱いには長けておりまして蚊を狙えば七、八匹を一気に重ね潰して家の柱に当てる程の腕前です」
「すごいですなぁ。将来が楽しみな子……ということですか」
「しかし、このポイヤウンペ。かなりの悪童でして……家は壊すわ、木を引き抜くわ、喧嘩はするわでかなり手を余していたんです」
「悪童か……はははっ、面白い奴じゃないか」
「笑い事じゃありませんよ、コウさん。実際、止める俺は毎回大変なんですから……だから俺はある話しをしたんです。『昔、アイヌモシリには俺と共に魔物を討ち、人間のことを一番に考えて動いてくれた本土の神が来たことがある。お前も強くなるならそのような者になれ』と……」
すると、さっきまで笑っていた筈のコウは突然頭を抱え込んで俯いてしまった。
それを見てシオツチは察する。
今の話しに出てきた本土の神とはコウのことだ―――と。
「そうしたらポイヤウンペが『そんなにすごい神なら、おれが確かめてやる』と言ってアイヌモシリを飛び出してしまったんです。あの喧嘩好きの性格から恐らく……」
「……俺を探している、ということか?」
「えぇ、多分。しかもポイヤウンペは飛び出す時、ある物を持って飛び出していきました。コウさんが初めてアイヌモシリを訪れ、旅立つ時に置いていった“クトネシリカ”です」
「虎杖丸か……なるほど、厄介な物を持ち出してくれたな」
クトネシリカ、虎杖丸……名前こそは違うもののそれは同じ物であろうとシオツチは思った。
しかし、それ程厄介な物なのか? という疑問も同時に浮かぶ。
「分かった。ポイヤウンペのことについては俺が何とかしよう。噂の悪童についても気になるしな……エント、馳走になった」
「すいません、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるアイヌラックルに対してコウは背を向けて小屋を出て行く。
その顔はどこか楽しそうな顔であった。




