神助け
「……っ、ミズチの奴め……酒のこととなると底を知らないな」
宴の真っ只中、コウは頭を押さえながら誰にも知られずミズチの居る洞窟を抜け出した。
コウが長になることを受け入れた後、二柱は暫く飲み合っていたのだが、やがてミズチが……
「せっかくの祝いなのに二柱だけとはつまらん……そうだ! これから、同じ思いを持った連中も呼ぼう! 我とお前の下に付いてくれる者達だ。この機に顔を合わせようじゃないか!」
ということを言い出し、大勢の国津神達を呼んで大規模に宴を催したのだ。
当然、その呼ばれた者達の中にはコウの見知った顔も多く、久方の再会を互いに喜び合って飲めや歌えやの騒ぎとなった。
だが、コウはあまり騒がしいのは好まなかった。
宴が嫌いという訳ではない。ただ、慣れていないという理由からであった。
「……少し酔ったか」
呟きながら頭を掻き、空を見上げるコウ。
天は既に光輝く砂粒を散りばめた、黒染めの川面へと変わっていた。
「知らぬ間に宵になっていたか……だいぶ、飲んでいたな」
夜風を浴び、酒で熱くなった身体を冷やしながらコウは訪れた静けさを楽しんでいた。
だが、その静寂もつかの間……誰かの声がコウに届く。
「お願いします! もうやめて下さい!」
「くっ……一体なぜ…こんなことを………!」
「なぜ? お前がこの状況になってもまだ、天津神と国津神の伝令の任に就いているからだよ! ヤタ!」
何事かと思い、コウがその声の方を見るとそこには殴られて膝を地面に付いている男神と縄で縛られた女神が居た。
その二柱の周りには取り囲むように国津神達が立っている。
「素直に務めを果たしやがって……テメェ、我らの邪魔をする上、危うくさせる気か!」
「っ……自身の務めを果たして何が悪い……ミズチ様に付き従い、自らの任を捨てる者に……言われる筋合いはない!」
「テメェ……頭の軽い鴉のクセに……!」
国津神達は縛られている女神をヤタと呼んだ男神の隣にひざまずかせ、髪を引っ張って顔を上げさせると、その首筋に剣を突き付けた。
「セキレイ! やめろ、妻は関係ない!」
「関係ない訳が無かろう? お前の妻なら同罪だ」
そう言いながら、ヤタを殴った国津神は彼の前に剣を突き付ける。
「今宵はミズチ様の御友様がミズチ様と同じ国津神の長になられる……酒宴の席にお前ら夫婦の首を献上するとしよう。きっと、お喜びになられる筈だ」
「……ミズチ様は血を好むからな。その御友様も同じだろう……結局、国津は変わらない……」
「あなた……」
「すまない、セキレイ……お前も巻き込んでしまって……願わくば共に……」
「えぇ……そして、永久に……」
「死してミズチ様とその御友様を愚弄したこと……悔いるが良い!」
涙を流すヤタとセキレイに向かって一斉に剣を下ろす国津神達。
しかし、その剣が下りることは無かった。
「なっ!? なんだこれは!」
突如、国津神達の腕が木のツルに絡め取られ、動かすことが出来なくなってしまった。
いきなり起こった不思議な事に思わず諦めていたヤタとセキレイは驚く。
「……とんだ事を言われたものだな」
そんな中、物陰からコウがゆっくりと出て来た。
その様子はどこか不機嫌そうである。
しかも、彼の眼は深い蒼に染まっていた。
「ミズチの友が血を好む? それに酒宴の席に首を持ち込んだ所で誰が喜ぶんだ? ……そんな事で喜ぶのは血を酒として啜る奴だ」
「誰だ、お前は!」
コウがセキレイの縄を解き、ヤタを担ぐ間に国津神達はツルを無理矢理解いて、剣を向ける。
「さぁな。卑劣な手を使う連中に名乗る名は無い。…それに鴉は賢いぞ。少なくともお前らよりはな」
「テメェ!」
「……ヤタと言ったか? 妻と一緒に下がってろ…すぐに終わる」
「は、はい……!」
コウはヤタを下ろし、彼らの前に出ると自身の腰元に手を添える。
すると、一瞬だけ手元が煌めき、瞬きをした途端……何も無かったそこには僅かに刀身が反った太刀が現れた。
それを見た国津神達は一歩下がる。
「……俺の御佩刀とお前らの剣、どちらがよく斬れるだろうな?」
太刀を抜いて構えたコウは鋭い眼で国津神達を睨み付けた。