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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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海神の荒御魂

 セキレイが二柱の姫神を助け出したその頃、コウ達もまたワタツミと共に海宮の庭園へと来ていた。


「こ、これは……潮がまるで竜巻のように……!」


「シオツチの結界か? 仕事が早いな」


「気付いたのはそなただけではないということだ。なんせ、ここはわたしの海……ましてや宮の中なら手に取るように分かる」


「……随分と落ち着いているな。自分の娘が危ないのかも知れないんだぞ?」


「無論だ。どこぞの神に娘達が攫われたことも存じている……そして、その娘達がそなたの従神に救われたことも……」


「全て見通していた……ということか? 随分と危うい賭けに出たものだな。下手を打っていたら―――」


「娘達の命が亡くなるとでも? 元より、この中つ国へ降ってからはそんな覚悟出来ている。だが、それでもやらねばならない……それが務めだからな」


 コウはワタツミの意外な非情さに驚くが、彼は構わず続けた。


「わたしには家族のみならずこの海に住む者達の命もある……一時の情によってその者達も危うくさせることは出来ない」


「だが、子供には何の罪も無い……勝手に天津神の子に生まれ、その時から宿命を背負うなど酷だと思うがな……」


「……別に我が子を切り捨てると言っている訳ではない。主たるもの冷静に場を見定める必要があるということだ。げんにわたしが娘達の元に行っていたらわたしは為す術が無かっただろう。だが、そなたの従神が行ってくれたことで事は容易く治まりそうだ」


「どういうことでしょう?」


「じきに分かる」


 何事か分からないヤタに対してワタツミはそう言い、コウはどこか不服そうな顔を浮かべる。

 すると、間も無くしてトヨタマヒメとタマヨリビメを抱えたセキレイがやってきた。

 その後ろでは巨大な烏賊の国津神が長い足を二本伸ばしてセキレイに迫ってきている。

 コウとヤタは揃って飛び出した。


「この女神がぁ! 我が足を切り落としおって!」


「なら、もう少し切り落としてやる」


 妻が狙われていることを知ったヤタは冷酷な言葉と共に腰に佩いていた短剣を抜き、一本の足を切り落とす。

 コウも無言のまま一筋の光と共に手に太刀を宿らせ、ヤタの切り損なったもう一本の足を切り落とした。


「ぐあぁ! 一度ならず二度、三度までも……!」


 烏賊の国津神はワタツミを始めとする神々の姿を見た途端、流石に分が悪いと思ったのか口から黒い煙のようなものを吐き、姿を一瞬にくらませた。


「ッ!? これは!」


「奴の神気が……姿と共に消えた?」


「いや、消えてなどいない。恐らくは何かに紛れているのだろう……この結界の中で外に出ることは無理だ」


 そう言ってワタツミは眼を鮮やかな青色に輝かせると突如、その身体を変化させた。

 頭は大きく膨れあがり、身体の色は怒りの如く赤く染め、その身体の節々からは烏賊の国津神同様、細い吸盤の付いた足が何本も現れる。

 その変貌の様はまるで凪の海が荒れた海へと変わっていくようであった。


「これは……まさか!?」


「コウよ、わたしの娘達を救ってくれた礼に良いものを見せよう。これは恐らく、そなたの探しているものに深く関わりのあるものだろうからな」


 驚くコウ達に構わず、ワタツミは巨大なたこへと姿を変えた。

 この力は紛れもなく荒御魂……国津神であったシオツチが使えるならともかく、なぜ天津神であるワタツミが使えるのか?

 疑問に思うコウであったが、そんな中ワタツミは周囲へ自身の足を伸ばし、まるで何かを探すように動かし始めた。

 そして、その足の内の一本が虚空を掴む。


「見つけた」


 ワタツミはその掴んだ足に力を込め、他の足もその何かに絡みつかせる。

 すると、景色と同じ体色になっていた烏賊の国津神が姿を現した。


「おのれ……ミズチ様のめいも果たせず、ワタツミの娘までも攫えぬとは……」


「ほぅ……わたしの命が狙いではなかったのか?」


「天津神にはその身のみならず心までも殺しにかかれ、とミズチ様の命だからな」


「そうか……ところでそなた、わたしの下で働く気はないか? 元国津神の者達も大勢いるぞ?」


「天津神の言いなりになるつもりは無い! さっさと殺すがいい」


「そうか……残念だ」


 ワタツミはそう呟くと全ての足に力を込め、烏賊の国津神を絞める。

 それを見たコウは声を上げた。


「待ってくれ、ワタツミ殿! あいつへは俺が―――」


「コウよ、世の中全ての神がお前の言葉に耳を貸すという訳ではない。それに……もう遅い」


 ワタツミはそう言いながら足の力を解いて烏賊の国津神を解放する。

 解放された彼は頭が引き千切られ、胴体は力なく漂っていた。


「なっ!」


 あまりにも無惨な光景にヤタは言葉を失い。セキレイは姫神達にその光景を見せまいと顔をお覆い、抱き止めた。

 コウは無言でその亡骸を見つめた後、やがて視線をワタツミへ移す。

 彼は眼の色を元の黒へと戻し、身体も人のものへ戻っていた。

 ワタツミはコウへと歩み寄る。


「皆の者、あとは頼んだぞ…………コウよ、あとで謁見の間へ来い。そこで今わたしが使った力について語ろう」


 海宮の中へ戻っていくワタツミの呟きを耳に残し、コウは沈黙でそれに応じていた。


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