張り巡らされる包囲
一方、コウの他にも異変に気付いた者がいた。
「……何者かがわたしの宮に入って来たようだな」
大海の主、ワタツミである。
彼はすぐさま側近であるシオツチを自らの前に召喚した。
「お呼びでしょうか?」
「何者かがこの宮に侵入してきた。急ぎ、他の者達にも知らせ捕らえよ!」
「かしこまりました」
シオツチはそう言って、その場を離れようとするがその直後、慌てて入って来た一匹の鯛がシオツチとワタツミの前に来た。
「報告します」
「どうしたのだ? 今は急ぎの用がある」
「それがこちらも急ぎの用でして……」
「なんだ? 申してみよ」
咎めるシオツチを制してワタツミは先を促した。
「はい。たった今、庭園に居たコウ様より何者かがこの海宮へ入って来たとのことで……今、魚達はその者を探している最中なのですが、いかが致しましょう?」
鯛の報告を聞いたシオツチとワタツミは揃って顔を見合わせる。
そして、途端にワタツミは口元に笑みを浮かべた。
「ほぅ、わたしより早く気付くとは……コウめ、やりおる」
「いかが致しましょう?」
「うむ。魚達はそのまま探せ……シオツチ、お前は他の者にこの事を知らせつつ、潮の流れの結界を海宮に張れ。かの者を逃がすな」
「はっ!」
シオツチは改めて命を受けるとすぐさまその場を去った。
※※※※※※
コウが一匹の魚に伝えたことは瞬く間に他の魚達にも広がり、静寂だった海宮内はたちまち騒然となった。
ミズキとガザミはコウから事情を聞いた後、トヨタマヒメとタマヨリビメの休む部屋へと向かい、コウはヤタとセキレイと合流した。
「コウ様? これは一体……?」
「休んでいるところすまないな。ヤタ、セキレイ。何者かがこの海宮に入って来た。だが、敵も手練れの者なのか中々正体が掴めない。協力してくれ」
「はい。では、手分けして探しましょうか?」
「いや、ヤタは俺と共に来てくれ。セキレイはトヨタマヒメとタマヨリビメの元へ……今はミズキとガザミが向かっているが、二柱の姫神に二柱の神では手が余るだろう。それに、子供には何も関係ないことだ。あの子達を巻き込みたくはない……守ってくれ」
「かしこまりました。では、行って参ります!」
セキレイはそう返事をすると瞬時にその場から姿を消す。
彼女がいなくなった後、ヤタはコウへ尋ねた。
「なぜ妻を?」
「幼い娘子にもし何かあった時……その時は男である俺やお前より女であるセキレイの方が安心するだろう? さて、俺達はシオツチの元に行くぞ」
コウはそう答えて、ヤタと共に謁見の間を目指した。
※※※※※※
コウ達と別れたセキレイは水の中にいるにも関わらず魚達と同じくらい速く動き、トヨタマヒメとタマヨリビメを探した。
すると、その道中……回廊の真ん中で傷付き、倒れているミズキとガザミを見つけた。
「大丈夫ですか!?」
セキレイはすぐさま二柱へ声を掛ける。
「あ、あなたは……コウの……」
「何があったんですか!?」
「ミズチ様の……差し向けた、国津神に……トヨタマヒメ様と、タマヨリビメ様を……攫われた」
「国津神の姿は……分からないわ……姿を消すことが出来る奴よ。あなたが……来てくれたお陰で……逃げたみたいだけど」
「どこに行ったのか……分からないのだ」
「……ご安心を。姫神様達と一緒ならばこのセキレイの神力で探すことが出来ます」
セキレイは一度大きく息を吸い、目を閉じる。そして、息を吐くと同時に目を見開いた。
その眼は綺麗な緑色をしている。
「あなた……!」
「荒御魂が使えたのか……!」
「私もどうやらコウ様と夫の影響を受けたみたいで……姿までは変えられませんが短い間なら使えるようになりました。お二方はここでお休みになって下さい」
セキレイはそう言うと二柱の言葉を待たずに音も無く、その場から去っていく。
セキレイの神力は“先導”……本来は彼女と関わりのある者を先へと案内する力であるが、それは逆に関わりある者がこれから先どこに行くのかを知る力でもある。
セキレイは回廊から外へ出る海宮の出入り口へと向かい、そこから庭園へ出ると海宮の裏手へと回った。
海宮の外では巨大な渦潮がいくつも現れ、まるで竜巻のように周囲を囲んでいる。
これほど、流れが強ければ外の大海原へ出ることは出来ないだろう。
(シオツチ殿の神力かしら? でも、これで賊は姫様達を連れて行けない筈!)
そう考えたセキレイは神力を解き、自らは裏手で気配を消して件の国津神を待つ。
すると、間も無くして幼い二柱の姫神を連れた巨大な烏賊が姿を現した。
「離して!」
「父様!」
「少し黙っていろ! ガザミとミズキを殺せなかった今、お前達だけでも連れて帰らないとミズチ様に何を言われるか分からないからな」
巨大な烏賊は暴れる姫神達を自らの足で縛り上げていた。
それを見ていたセキレイは懐に忍ばせていた短剣を取り出すと、隙を見て巨大な烏賊へと近付き。
素早い動きで姫神達を捕らえていた足を断ち切った。
「ぎゃあ!」
短く悲鳴を上げる烏賊の国津神を余所にセキレイは短剣を口に咥えて、二柱の姫神を両手に抱くとすぐさま海宮の入り口へと身を返した。




