語られる真相
ワタツミ主催の元、歓迎の宴は盛大に行われた。
宴の席では魚や貝が舞い、トヨタマヒメとタマヨリビメによる踊りが披露された。
綺羅びやかに舞い踊る姫神の姿はとても美しく、見る者に時が経つのも忘れさせてしまう程の魅力があった。
ヤタとセキレイはその光景の虜になってしまっている。
一方、コウは姫神の舞踏を眺めながらも心までは奪われていないのか、ワタツミの元へと酒を持って歩み寄った。
「む? そなたか。どうだ、楽しんでおるか?」
「えぇ、お気遣いありがたく……ワタツミ殿、酒を注がせてはくれないか?」
「おぉ、これはすまないな」
コウはワタツミの杯に酒を注ぐと自らの杯にも酒を注いだ。
「では、一献頂戴します」
「うむ」
コウとワタツミは揃って酒を喉に流し込んだ。
やはり、海神の酒なのだろうか……喉を湿らせた酒はとても澄んでおり、クセが無い。
何杯でも煽っても悪酔いはしそうに無い味だった。
「此度のお目通り、感謝致します」
「いや、礼を述べるのはこちらの方だ。コウよ、大変な身であるにも関わらずわたし達の頼みを聞き、高天ヶ原へ行くこと感謝する」
「いえ……」
コウは思わず言葉を詰まらせた。
自身が思っていた以上にワタツミは大きな神であったのだ。
その器はまるで大海の如く広く、深海の如く深い……コウは思わず感心してしまった。
そんな彼は出雲を出る前、ミズチと話していたことを思い出す。
酒を飲んでいた時、彼は言った。
『我とお前の二杯の杯と天津神の杯……どちらの杯が多くの酒を入れることが出来るのか……』と。
あの頃はコウも試してみたいと思い、ミズチのその覚悟を受け止めた。
だが、今となってははっきりと分かる。
天津神であったワタツミ……その杯は入れ物という枠には入り切らない程のものだということを……。
ミズチはそんな強大な相手に挑もうとし、自身はこれからその相手の懐に潜り込もうとしている……だが、追われている身であるコウはそんな友を止めることすら叶わない。
コウの持っていた杯に自然と力が込もる。
「どうした? 酒が気に入らなかったか?」
「いえ……それより、ワタツミ殿は元々天津神だったとか……」
「うむ。わたしは父であるイザナギ様と母であるイザナミ様から生まれた神でな……」
「なっ……!」
コウは思わず自身の杯を落としそうになった。
まさか、カグツチに関わるイザナギ、イザナミの子とこんな所で出会えるとは思わなかったのだ。
「ん? なんだシオツチから聞いていなかったのか?」
「はい……時にワタツミ殿、カグツチという神に聞き覚えはありませんか?」
「カグツチ?」
その瞬間、ピクリと今度はワタツミの杯が止まった。
やはり……とコウは確信した。
―――ワタツミはカグツチを知っている。
「確か、そなたの旅にはカグツチが関わっているとシオツチが言っていたな……」
「はい」
「カグツチを探してどうする? ロクなことにならないぞ?」
ワタツミのその言葉と共に和やかな宴の最中にも関わらず、コウと彼の周りには張り詰めた神気が漂い始める。
コウはなるべく、その神気を漏らさないよう……そして、他の者に聞こえないようワタツミと言葉を交わす。
「……カグツチは俺の親の仇だ」
「なに?」
「俺が幼い頃……俺の養父母は出雲の河原でカグツチに焼き殺されてた。更に奴はミズチに怪我を負わせ、友であるスイを焼き殺し、俺にミズチ襲撃とスイ暗殺の嫌疑を周囲に掛けて逃げ出した。俺が今こうして旅をしているのも奴のことでだ」
「……そのこと、そなたの従神達は知っているのか?」
「いや、知らない。本当はこんなことには巻き込みたく無いんだが……あいつらにも居場所が無いんだ」
「そうだったか……」
「ワタツミ殿、教えてくれ。カグツチは……奴は今どこにいる!?」
ワタツミはコウの話しを聞いた後、暫く思案していたがやがて決心したように口を開いた。
「……カグツチはこの世にはいない」
「なっ! バカな! そんな筈は―――」
「本当だ。カグツチは父上様と生前の母上様が神産みによって産んだ最後の神……わたしはカグツチより先に生まれたんだ。カグツチは生まれた直後、そのあまりにも強すぎる炎の力によって母上様の陰部を焼き、殺した。それに激怒した父上様は十拳剣でカグツチを殺したんだ」
「そ、そんな……ならば、俺が追い求めてきたカグツチは一体……?」
ワタツミの説得力ある言葉にコウは言葉を失ってしまった。
それに対し、ワタツミはなおも続ける。
「分からん。火を扱う別の神か……どうしても信じられぬというのならば、やはり高天原へ向かう他あるまい。高天原にはカグツチの血と死体から生まれし神がいる。もしかしたら、その神々達に会うことが出来るかも知れん。それがカグツチが死んだことを示す何よりの証拠だ」
やはり、全ての謎を解く為にも高天原へは行く必要があるようだ。
宴の明るさとは裏腹にコウの心の中には暗雲が漂い始める。
それらを払拭するようにコウは自身の杯に酒を注ぎ、一気に煽った。




