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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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海宮への招待

 琉球を出航してから三日が経とうとする頃……波に揺れる船の上でおもむろにシオツチは呟いた。


「そろそろ、我が主の治める海に入りますな」


「主の治める海? ということはワタツミ殿の海域ということか?」


 シオツチの主神であるワタツミは海を統べる海神……陸とは違い、海ともなればこれから先で風雨に見舞われた際何も出来なくなる。

 コウは魚の神である為、その気になれば姿を変えて泳ぐことも出来るが、船にはヤタやセキレイ、シオツチがいる。

 無論、彼らもコウと同様に姿を変え、空を飛ぶことも泳ぐことも出来るが、共に旅をしている以上、散り散りになるのは避けたい。

 寧ろ、それを防ぐ為にこうして船という乗り物を使っているのだから、これから先航海が無事に出来るようワタツミの助力は必要であろう。


「シオツチ。これから先、無事に海を渡れるようワタツミ殿に挨拶をしても良いか?」


「おぉ! それはそれは……きっと我が主も喜ばれることでしょう。なんせ、コウ殿は魚達に慕われておりますからな」


「ですが、シオツチ殿。コウ様は今、国津神達に追われている身……ワタツミ様と対面してもよろしいのでしょうか?」


「ご心配には及びませぬ。儂からワタツミ様へは全て事情をお話しましょう。海宮へは儂が潮の流れを操り、海の上からならどこにでも行けます故、行く際はお申し付け下さい」


「そうか……なら、挨拶は出来るだけ早い方が良い。ワタツミ殿の都合は大丈夫か?」


「お気遣いありがとうございます。ですが、それもご心配には及びません。なにぶん、我が主の神殿は海の中にありましてな……近頃はあまり訪問する方もいないのですよ。そうそう容易く行ける場所でもありませんからな」


「なるほど。……お前達はどうする? ヤタ、セキレイ」


「我らはコウ様の命に従います」


「私も夫と同じです。ですが、少し懸念していることがあります……」


 すると、セキレイは言いにくそうに顔を伏せ、口を閉ざした。

 それを見たコウは思い当たる節があるのか「あぁ……」と納得するとセキレイの代わりにシオツチへ尋ねた。


「俺は魚、シオツチは亀の国津神だが……この者達は鳥の神だ。伺っても大丈夫か?」


「なるほど、そういうことでしたか。……失礼ですが、お二方は鳥の中でもそれぞれどのような鳥の神なのでしょう?」


「私はからすの神で妻は鶺鴒にわたたきの神です」


「ほぅ……そうですか。でしたら大丈夫でしょう。かもめの神だったら少し因縁ある者達もいますが、お二方は主に山に住む鳥の神ですからな」


「だそうだ。よかったな」


「はい! ありがとうございます!」


 コウがそう言うとセキレイは安心したのか明るくなった顔で頷いた。


「でしたら……そろそろ行きますか?」


「ちょっと待ってくれ。その前に俺の神力を使って……」


 コウはそこで言葉を止めると自身の神力である虹色に輝く糸のようなものをヤタとセキレイの身体に付けた。

 付けた糸のようなものはすぐに溶けるようにして消えていく。


「これでお前達も俺とシオツチと同じく水の中でも過ごすことが出来るようになった。挨拶に行って溺れたら大変だからな」


「ありがとうございます」


「よし。シオツチ、もう大丈夫だ」


「よろしいですか? それでは……」


 三柱の準備が整ったのを確認したシオツチは海原へ向けて大きく手を広げる。

 すると、穏やかな海に強い流れがいくつも現れ、その流れは互いにぶつかり合い、巨大な渦潮を作り上げた。

 渦潮はその強い流れにコウ達の船を乗せてグイグイと渦の中心へ引っ張っていく。


「……大丈夫ですか?」


「ほっほっほ、そう不安になさらなくても大丈夫ですよ」


 ―――渦潮に飲まれて船が壊れてしまうのでは? と危惧したヤタがシオツチへと尋ねるが、彼は相変わらずのんびりと構えている。

 一方のコウは船が激しく揺れているにも関わらず、どこか楽しそうであった。


「そうだぞ、ヤタ。ここはシオツチに任せて俺達は黙っていよう」


「コウ様はどこか楽しそうですね?」


「ん? あぁ、まぁな。やはり、自分の行ったことの無い場所ヘ行くというのは良い意味でも悪い意味でも心が踊るものだ。……特に今回は高天原へ行く前だからというのもあるがな。だからお前も今の内に楽しんでおけ、ヤタ」


 高天原へ行く前……そう考えるとコウにとってはこの位のことはまだ楽しむ内に入っているのだろう。

 なんせ、彼がこれから行く所は心すら休まらない場所なのだ。

 ヤタはコウの心情を汲み取り「はい」と返事をして、口を噤んだ。

 その間にも船はどんどん流されていき、ついに渦潮の中心へとやってきた。

 その途端、船はゆっくりと海の中へと沈んでいく。

 そして、コウ達を乗せた船は海の上からその姿を消したのだった。


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