決意
「以前にもコウ殿にはお話ししましたが、儂がこの琉球へ来た目的は……」
「知っている。教養と実力に優れた神を探しているんだろう? 理由までは知らないが……」
「はい。その理由というのが天津神達の神不足でしてな。近頃はスサノヲ様の横暴も相まって深刻な状態なのですよ」
「なるほどな。だが、良いのか? そんなことを話して……俺は国津神だぞ?」
「国津神であっても、一柱となられたコウ殿に話しても害はありますまい」
確かに同じ国津神達に追われているコウに言った所で高天原が危機に陥ることは無い。
シオツチはそこも踏まえて話しているのだろう。
だが、コウとしてみれば断る理由などいくらでもある。
「しかし、それでもだ。俺より実力のある神など他にもいるだろう? それに俺は旅こそはしているが、文字の読み書きに疎いほど教養は無い」
「儂が知る限り、あなた以上の実力者はいませんでしたな。それに教養など学に励めばなんとかなるものですぞ。ほっほっほ」
そう朗らかに話すシオツチを見たコウは彼が段々と好々爺に見えてきた。
年の功もあるからなのか妙に説得力がある。
「すぐにバレそうなものだがな……」
「荒御魂を使わなければまずバレることは無いでしょう。それに、国津神が来ることは向こうも承知の上……でなければ、儂などとうに殺されておるでしょう」
その通りである。
シオツチがここにいるということは天津神側としては国津神に対しても寛容であろう。
しかし、コウが最も危惧しているのはそこでは無かった。
「……その来るのが元国津神の長であってもか?」
「……なるほど、確かに。そこまでは考えてはおりませんでした」
コウの言葉に今まで笑っていたシオツチが初めて難色を示した。
元国津神の長は大目に見るとしても現国津神の長であるミズチの友であると知られたら命は無いだろう。
「……やはりお受けにはなりませんか?」
シオツチは落胆した。
これほどの神材はそうはいない。
ましてや、主であるワタツミの為にも高天ヶ原からの要求は早い内に納めたかった。
だが、身の危険と隣合わせな場所に行くとなれば、コウは断るだろう。
自身の大切なものや目的を失う恐れがあってまで、敵地へ赴くことはない。
それなら追われているとはいえ、まだ中つ国に残った方がマシだろう。
だが、当の本人はシオツチの問いには答えず、何やら考え込んでいる。
そして、暫く考えた後……彼はようやく口を開いた。
「……誰が受けないと言った?」
「えっ?」
「聞いた限りでは結局のところ、荒御魂を使わなければ問題は無いのだろう? 向こうが国津神に寛容なのは幸いだ。中つ国に居た所で俺の居場所はほとんどない。なんせ、ほとんどが俺の正体を知って襲ってくる連中ばかりだからな……土地を移動するより、少しの間姿をくらました方が都合が良いだろう」
「ですが、仲間に会えないどころか命の危機まであるのですぞ?」
「話しを持ちかけてきたのはシオツチの方だろう? それに仲間に会えないのは旅の間中同じだ。それに命の危機があるのも大して変わらん。ならばいっそ、新しい場所に行ってみるのも悪く無い」
「そ、それでは!?」
「あぁ、俺で良いのであればその話し受けさせてくれるか?」
コウの言葉に応えるかのようにシオツチは彼の手を力強く握った。
「ありがとうございます! いやぁ、よかった!」
「だが、高天原に行くのは少し待ってくれ。色々と用を済ませないといけないし、準備も必要だからな」
「無論、儂もすぐにとは言いません。コウ殿の準備が整い次第行くとしましょう」
「……そういえば。高天原へはどうやって行く? 俺は地上から天上への行き方は分からないぞ?」
空を飛ぶことが出来る鳥の神ならともかく、コウを始めとした普通の神々では容易に高天原へと行くことは出来ない。
なにせ中つ国は、高天原で大罪を犯した神を追放する地にもなっているのだ。
そう簡単に行き来が出来るとは思えない。
「その心配ならいりませんぞ。高天原へ行く際は地上から出ている道を通って行きますので」
「道?」
「えぇ、この地より少し南に行った所に、淤能碁呂島という島があります。この島はイザナギ様とイザナミ様が最初に創り出した中つ国初の国土でございます」
オノゴロ島……その島の起こりはコウも耳にしたことがある。
とある二柱の神が矛を使い、海を掻き混ぜて創った中つ国最初の地……現在、オノゴロ島は国津神達の間では無いものとされていたが、ここでその島の名を聞くことになるとは思いもしなかった。
そして、コウにとって……もう一つ、思いもしなかった名が出てきた。
「……イザナギとイザナミによってって言ったな?」
「はい。言いましたが……?」
イザナギとイザナミ……琉球に行く際にアイヌの地でアイヌラックルが口にしていた名前……コウの探しているカグツチを殺したという神の名前、アイヌラックルはイザナギをカグツチの父親だと語っていた。もし、その話しが嘘か真か分からなくても、彼らに関する地に行けばもっと手がかりを得ることが出来る。
「いや、なんでもない……続けてくれ」
だが、今は話しの腰を折る訳にはいかない。
コウはシオツチに続きを促した。
「そして、そのオノゴロ島にはイザナギ様とイザナミ様が天上から地上へ降り立つ時に使った“天の浮橋”という道がございます。その道を使えば、神々は地上と天上を行き来出来るのです」
「……その道のこと、他の国津神達は知っているのか?」
「天津神達なら皆分かってはいますが、国津神達の中でそれを知る者はそういますまい。なんせ、国津神達の間ではオノゴロ島は存在しないという話しまで出回っているのでしょう? ならば、知られてはいない筈……それに知っていれば今頃、高天原は戦場となっています」
「確かに……」
シオツチの言っていることは最もだ。
高天原がこうして中つ国へ神々を送り込んでいる所を見るとまだ向こうは平穏なのであろう。
コウは納得して頷いた。
「さて、それでは話しもまとまったようなので……コウ殿、いえアラハバキ殿。一度御殿に行き、キンマムン殿の様子を伺いませんか?」
「そうだな」
焦る必要は無い……そう考えたコウは再びアラハバキへと戻り、シオツチと共にシネリキヨの御殿へと向かって行った。




