国津の長
「俺が……国津神達の長に? 何を言っている?」
突然の頼み事にコウは驚きながらも冷静に酒を飲みながらミズチに尋ねる。
いよいよもって酔いが回ってきたか、と思うほどその内容は衝撃的だった。
「だから飲み過ぎだと言ったんだ。少し水を飲んで休んだ方が良い」
「……我は酔ってなどいない。生まれてこの方、酒の味を覚えて以来……悪酔いなどはしたことない。我は真面目だ」
「……本気で言っているのか?」
「本気で無ければ何だというのだ? 養父母の話しの後にふざけてこんな事を言う程、我は薄情ではない。ましてや、友の前で……」
ミズチの目は至って真面目だった。
先程まで黒かった眼は今は鬼灯のように紅く燃える眼に変わり、そこからは意志の炎が強く輝いて見える。
「カガチの眼……荒御魂を解放するつもりか? 止めろ、俺は戦うつもりなんて無い」
「我もだ。だが、断るというなら力を持って説得する……我はそれも厭わないほど本気だ」
やや怒気を含んだような声で語り掛けるミズチを見たコウはしっかりと見据え言い放つ。
「……俺は誰かの上に立つことなど出来ない。そんなのは好まないことぐらいお前も分かるだろう?」
「分かるさ。だから、下の者達を束ねろとは言わない。コウ、お前には下の者達の標になって欲しい」
「……どういう意味だ?」
コウの疑問にミズチは酒を汲み、杯に入ったそれを眺めながら話し始めた。
「神代……神世七代が天に座し、秋津島と呼ばれたこの葦原立つ中つ国が生まれたこの時代。我ら中つ国に生まれた国津神は天に生まれた天津神の下、今を生きている。だが、本当にこのままで良いのか? 天津の連中の言う通りにし、言うがままに従う…………たかが上か下かで生まれた同じ神なのにだ! 事実、お前の親も天津神に殺された……このままでは我らは天津神に道具同然の扱いにされる。……我はそれが許せないんだ」
半ば情を露わにし、酒を流し込むミズチをコウは黙って見る。
「だから、我は国津神として天津神に反しようと思っている。それを行うには中つ国を旅し、各地に住む者達を見て触れ合ったお前の力が必要なんだ。……お前は武も智も勇もある。その上、どんな者でも前から受け止める優しさもある」
「…過ぎた事を言うな。俺はそこまで持っていない。……神としての務めも行わず、ただ親の仇を討とうと各地をさ迷っていた……」
「だが、そんな苦を味わったお前が皆の前に立ち、歩く……だからこそ皆もお前に付いていこうと思う筈だ」
ミズチの話しを聞きながら、コウは自身の杯に口を付けて酒を飲み干し、壺から酒を汲み入れた。
「我とお前の杯は違う。我の杯は深いが広さが無い……コウの杯は広いが深さが無い……」
「……なんの意味だ?」
「己の中の例えだ。我は親しい者達と深く関わることが出来るが、幅を広げて親しい者を増やすのは得意ではない。コウは様々な者達と関わりを広げることは出来るが、さっき言った優しさ故…深くまで自ら探ろうとは思わない。そうだろう?」
友の言葉にコウは酒を汲む手を止める。
「分かりやすいな、お前は……つまり、我が言いたいのは互いの得意なものを使って苦手なものを埋めようということだ。……広く深い杯ほど多くの酒が飲めるだろう?」
「……確かに、広く深い杯は多くの酒を入れることが出来る。だが、広い杯と深い杯の二杯で酒が多くなるとは限らない」
コウはそう言うと自身の持っていた浅く広い杯と近くに置いてある深い杯を持ち、深い杯に酒を入れると、ミズチの持っていた広く深い杯に酒を入れる。
すると、二杯の酒を入れたにも関わらず、ミズチの持つ杯には半分しか酒が入らなかった。
「……これは」
「杯に入る酒など広くても深くても、杯自体が大きくなければどちらも変わらない。……杯の大きさはその者によって変わる。俺とお前の杯を合わせた所で天津神という杯と同じになるとは限らない」
「…………だが、それでも我は試してみたい。我とお前の二杯の杯と天津神の杯……どちらの杯が多くの酒を入れることが出来るのか…」
コウに言いくるめられるも、ミズチは頑として譲らない。
そんな友の姿を見たコウは漸く観念したのかフッと笑い、口を開いた。
「…………お前の覚悟はよく分かった。ならば、俺もそれに応えなければな」
「なっ……コウ! それはつまり……」
「元より俺が好む杯は中身の量でなく、酒の味だ。お前のように大酒飲みではないからな。天津の神に国津の味を教えるのも良いのかも知れない」
「そうか! いや、礼を言うぞ! さぁて、そうと決まれば今日は宴だ! コウの帰郷と国津神の長になったのを祝してな! さぁ、飲め飲め!」
ミズチは上機嫌となって杯に入った酒を煽り、コウも苦笑いを浮かべながら酒を流し込んだ。