嵐の後の誘い
嵐の夜の襲撃から数日が経った。
あの後、コウ達は犠牲となった琉球の民を懇ろに弔い、壊された御殿や家々の復興に努めた。
その作業にはガザミやミズキも加わっていたが、やがて御殿の修復が終わると彼らはシオツチに連れられ、琉球を去って行った。
シオツチの話しによるとワタツミに会いに行かせる、とのことであった。
コウはヤタとセキレイと共に残り、キンマムンが目を覚ますのを待ちながら琉球の復興を行っていた。
琉球を守った……だが、その犠牲はあまりに大きく誰も心から喜べる状況ではない。
そんな状態が七日程経ち、琉球もほとんど復興した頃……ガザミ達を連れて琉球を出たシオツチが戻ってきた。
「おぉ! 以前の琉球に戻っておりますな」
「シオツチ、戻ってきたのか」
「えぇ、及ばずながら力になろうと戻ってきたのですが……これは思った以上ですな」
シオツチの見る先には小高い丘の上に建つ御殿と石の垣根に囲まれた家々が建ち並ぶ。更には物見台のようなものまで拵こしらえている。
「皆がよく働いてくれたお陰だ。それにあの日以来、黒い者達も来なくなったからな」
コウもシオツチの隣に並び、立派になった家々を眺める。
恐らく、神々や人間の男達だけではここまで出来なかったであろう。
人間の女や子供が率先して手伝ってくれたのが大きかった。
「女達には縄を編んでもらったり、子供達には草刈りや石を運んでもらったんだ」
「なるほど……皆の力を合わせて出来た賜物、ということですか」
「いや、賜物というより……産物だろうな」
「ほっほっほ、確かに……失礼しました。ところで、アラハバキ殿」
「なんだ?」
「少しの間、共によろしいでしょうか?」
「あぁ」
コウはシオツチの後に続く形で森に入っていく。
その様子を見て、ヤタとセキレイは顔を見合わせてから付いて行こうとするが、その同行をコウは拒んだ。
コウはシオツチの言わんとしていることが何となく分かった。
しかし、それを知ったからといって彼にはシオツチをどうこうしようという気は無い。
今はただ付いて行くしかないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ふとシオツチが歩きながらコウへと話し掛けてきた。
「アラハバキ殿……いえ、誰もいない今なら真の名を呼んでも問題ありますまい。魚の神のコウ殿」
「やはり気付いていたか……まぁ、謁見の間で俺とミズキ達の話しを聞いていたなら分かるか」
シオツチの言葉にコウは苦笑しながら認める。
その答えを聞いたシオツチはようやく立ち止まった。
「儂が聞いた話しでは国津神の長に命じられたにも関わらず、その友であるスイ殿とミズチ殿を襲ったとか……聞いた当初は友をも手に掛ける恐ろしい者とばかり思っておりましたが……」
「あぁ、その通りだ」
「嘘はなりません」
即答であった。
木の葉を靡く風が勢いを増し、二柱の間をすり抜ける。
だが、そんなシオツチの鋭く放った一矢もコウという的は容易く射抜くことは出来なかった。
「なぜ、そう断言出来る? 追われてこの島にやってきたのなら不思議ではあるまい?」
「あまり年寄りを舐めんで頂きたい。こう見えても儂は見る目には自信がありますぞ。ましてや、ワタツミ様配下の他の魚達もあなたを慕っております。それに此度の件を見て確信しました。あなたはやはり徳の高い神です」
シオツチが立て続けに放った言葉にコウはついに黙り込んでしまう。
「儂にはどうも、件の襲撃があなたの仕業ではないように感じるのです。もしや、以前に話しておられたカグツチ殿と何か関係があるのでは?」
「……アンタまでその事に首を突っ込むとただでは済まなくなるぞ。カグツチに関わったせいで俺は親だけでなく友まで失ったんだ」
「……なるほど。そういうことですか」
若き神の言葉に様々なものを見てきた年老いた神は全てを悟った。
「ですが、関わるなと申されてもそうはいきますまい。現にあなたには自然と人々や神々を惹きつける力があるようですからな。ほっほっほ」
「……惹きつける?」
「えぇ、だからあの鳥の夫婦神も琉球の者達も……そしてこの儂でさえもあなたに力を貸す……あなたにはその資質があるのです。それはあなたの神力である紡糸の如く決して切れるものではありません。あなたは優しい……故に多くの者達が力を貸したくなり、敵対している者達も心を改める……その力は慈愛の強い天照大神と並ぶ程、しかしあなた自身はそれを疎ましくは思わないまでも枷になっていると内のどこかでお思いではないですかな? とりわけ、己の復讐というのが目的なら尚のこと……」
シオツチの放った今度の矢はコウ自身をいとも容易く射抜いた。
図星であった。
コウにとって出会った者達はかけがえのないもの……その者達の中の一部の者は無論、コウがカグツチを倒す為に旅をしていることを知っている。
しかし、クジを始めとした人間達やコウを信じているヤタ達にはそのことを話していない。
そんな者達を自身の私欲に付き合わせるつもりは無い……だが、この中つ国にコウが居る限り、彼らはコウの身を案じるだろう。そして、カグツチを探す理由を知った時……彼らもまた養父母やスイのような末路を辿るかも知れない。
そんな結末をコウは見たくない。なにより、彼自身がそうなることを恐れていた。
「そのような思いを抱いては喩えカグツチという者と会ったとしても復讐は果たせますまい。それどころか、新たな犧牲が増える恐れも―――」
「だったら! だったら、俺はどうすれば良いというんだ!? このままカグツチを忘れろというのか!? ……俺の親や友の無念を呑み込めというのか……」
自身でも気付いていることを改めてシオツチに指摘されたコウは思わず声を荒げてしまうが、すぐにハッと我に帰り、苦い顔をする。
シオツチが悪い訳ではない。彼の言う通り、枷だと思うなら復讐か今か……そのどちらかにすれば良い。
けれども、コウはそのどちらも捨てることが出来ないでいるのだ。
「確かに……その思いを呑み込み、カグツチを忘れ、今を生きる方が穏やかに過ごせましょう。しかし、それではあなたの心が穏やかではありますまい。平穏とは内と外……その二つが穏やかとなることで初めて得られるものですからな」
「……だが、俺がここに居る限りその双方が穏やかになることは無い」
「えぇ、確かに“ここ”に居れば難しいでしょう」
“ここ”という言葉をわざわざ強調したシオツチに顔を向けるコウ。
その顔には疑問の色が浮かんでいる。
「もしも、あなたがよろしければ……コウ殿、今度は地上ではなく天上を旅してみてはございませんか?」
「天上? ……まさか」
「そうです。あなたの中で拮抗する仲間との繋がりという光、復讐という闇……それを見極める場所、高天原に……そこへ行けばあなたにとって何が大切なものか知ることが出来るでしょう」
高天原……天照大神を始めとした天津神達が住まう場所。そこに行けば確かに天津神であるカグツチの情報を得ることが出来るだろう。
しかし、それは国津神のコウにとって、死地へ自ら赴くことと同じであった。




