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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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光差す世界

「うおぁ!?」


 キンマムンを押さえつけていたキミテズリは耐え切れなくなったのか、コウが太刀を突き刺したと同時にその場に転んで倒れる。

 同時にキンマムンの爪を押さえていたシネリキヨとアマミキヨもキミテズリを連れてその場を離れた。

 突き刺された太刀はキンマムンの首を貫通し、地面に食い込む。


「オノレ……コレデ我ヲ封ジタツモりカーッ!」


 キンマムンは太刀を引き剥がそうと無理矢理暴れるも、なぜか首に刺さった太刀は外れる気配が無い。


「っ……大人しくしろ……」


 抜ける力に何とか力を込め続けながらコウは自身の乗っているキンマムンに身体ごと力を加え、地面に伏せさせる。

 だが、このまま組み合っていればコウが力尽きるのは明白……誰もがそう思っている最中、その様子を見ていたシオツチが何かに気付いた。


「ほぅ……あれは……」


 シオツチが注視したのはコウの持っている太刀と彼の眼であった。

 コウの眼はいつの間にか蒼に染まっている。

 そして、彼の握る太刀には七色の鮮やかな糸のようなものが無数に巻き付いていたのだ。


(荒御魂……自身の力が更に奪われる危険を犯してまで一体何を……?)


 そんな疑問と共にコウを見ていたシオツチであったが、やがて彼の太刀から淡い黒い煙のようなものが出ていることに気付き、コウの考えていることを察した。


(あの黒き煙のようなものは……まさか、キンマムンの神気!? なるほど、他者の神力を喰らう力があの者の神力ならばその源である神気を奪えば、神力が使えなくなる! しかし、神気を奪うなど途方も無い話し……ましてや、自らの神力も奪われている最中では無謀にも近い所業……)


 シオツチの考えている通りであった。

 神力を封じることは出来てもその源である神気を奪うのはほとんど不可能に近い。

 なぜなら、神気とは神の血のようなものであり命そのものであり、その神が生きている限り湧き水の如く無尽蔵に湧き出るものである。

 それを奪い続けるということは無限に近い。

 だが、コウのみならず神々の神力は有限……神力を奪う相手に無限に組み続けるのは不可能である。

 そして、それに気付いたのはシオツチだけでなくキンマムンも同じであった。


「我ノ神気を奪ウツモリカ? 笑ワセル!」


 キンマムンはゆっくりと前へ進み、突き刺された太刀を使って自ら身を引き裂くと黒い巨大な大蛇のような姿となり、その口に鋭い牙を生やしてコウを見下ろす。

 コウは太刀を持ったまま、息を乱して膝を地面につく。

 どうやら、かなり神力を奪われたようであった。


「っ……!」


「汝ノ神力ハ、モハヤ消エル寸前ノ火モ同然……立チ上ガル力スラモ無イ……セメテ一思イ二我ノ糧トシテクレヨウ!」


「アラハバキ! 逃げろ!」


 シネリキヨが叫ぶがコウは立ち上がる気配すら無い。

 そんな中、キンマムンが大きな口を開けてコウに襲い掛かった。


「ソノ存在……我ガ贄トナレ!」


「アラハバキィー!」


「……ッ! はあぁぁぁーッ!」


 シネリキヨに続き、キミテズリも叫んだその瞬間――コウはようやく立ち上がり、迫り来るキンマムンに向かって横一閃に太刀を振った。

 キンマムンの口から身体が斬り裂かれ、尾の部分まで一気に裂かれる。

 キンマムンは二つの身体となってコウの後ろで倒れた。


「無駄ナコトヲ……!」


 黒い巨体をくねらせ、また一つとなろうとしたキンマムンであったが、その途端に自らの身体の異変に気付く。

 キンマムンの裂かれた身からはコウが神気を奪っていた時に使った紡技の糸が伸び、彼の持っている太刀に巻き付いていたのだ。

 それに気付いた時、キンマムンは己の身体から急激に神力が失われていることに気付いた。


「ドウイウ……コト……ダ!?」


「……やたらと他の者の神力を喰らうと痛い目に遭う、ということだ」


 そう言い放つコウには息の乱れは既に無くなっていた。


「ナゼダ!? 先程マデ死二掛ケテイタ筈……!」


「それはそうだ。お前にくれてやった神力を取り返したからな」


「ナン……ダト……?」


 コウは太刀を持ち直し、倒れているキンマムンへ近付く。


「俺の神力は紡技。自分と相手を繋ぐ力だ。そして、それは時に相手の神力も利用することが出来る。俺がお前に太刀を突き刺した時、俺はお前の中から神気を奪い、神力を奪う力を繋いだ。そして、わざと俺の神力を奪わせ……その身のほとんどを俺の神力で染めた。お前の神力を奪う力自体はすぐに俺も使うことが出来た。だから、お前の神力をこの太刀に封じながら俺は自身の神力を与えた」


「マサカ……ワザト神力ヲ奪ワセタ、トイウノカ!?」


「あぁ。あとは簡単だ。お前を斬った拍子に俺の神力を紡技を使って戻せば良い。戻るのはもっと簡単だ。なんせ元々、俺の力なんだからな」


 キンマムンの前まで来たコウは太刀を突きつける。

 力が無くなったキンマムンにはもう変身することも逃れることも出来ない。


「お前に触れさえしなければ、神力を奪われることは無い……つまり、お前に触れずに逆に神力を奪えばお前の力は大きく削がれる」


「……我ハ死命ノ神、故二死ハ我二トッテ生ト同ジ。ソレデモ、我ヲ殺スツモリカ?」


「殺す。だが、死を与える訳では無い。お前の中に巣食った邪な務めを殺すんだ」


 そう言うや否やコウは持っていた太刀をキンマムンに振り下ろし、その身を再度斬り裂いた。

 すると、キンマムンの斬り裂かれた部分から黒い煙のような神気が吹き出し、闇色に染まった天へと昇る。


「ナンダ? 今度ハ我ノ神気が……!」


 吹き出ているものが神力ではなく神気であることに気付いたキンマムンだが、コウはそれに気にせず、残っているキンマムンの身体も斬って神気を更に吹き出させる。

 吹き出る神気は勢いを増す炎のように高く高く天へと昇る。

 そんな中、キンマムンの身体に異変が起こった。


「オオ……オォ……!」


「なんだ?」


 突如、唸りを上げながら苦しむキンマムンを見てシネリキヨは疑問の声を漏らす。

 なぜなら、キンマムンの身体が徐々に透明に……そして白く染まり始めたからだ。


「……神気を全て消すことはその神を殺めること。だが、どうやらその必要は無いらしい」


「どういうことですか?」


 コウの言葉にアマミキヨが尋ねる。


「キンマムンの神気は穢れていた……けれども、その全てが穢れていた訳じゃ無かった。それがニライカナイによってもたらされたものかは知らないが……その穢れがキンマムンの呪縛になっていたことは確かだ」


「どうして神気全てが穢れていないと分かるのですか?」


「キンマムンが獣や蛇のようなものに姿を変えた時だ。神とは元来、人間に託宣たくせんを行う際は動物の姿に変えて現れることが多い……もし、奴の変身する力がその名残ならまだ元に戻すことが出来るんじゃないかと思ってな。…………恐らく、キンマムンは琉球の海に棲んでいたであろう俺やミズキ達と同じ国津神だ」


 その言葉にシネリキヨを始めとした琉球の神々は驚くが、その最中……キンマムンが身体をくねらせて森の方へ逃げて行こうとするのがコウの目に入った。

 急ぎ、キンマムンの動きを止めようとコウが一歩を踏み出そうとした瞬間――突然、キンマムンの身体が白い砂のようなものに覆われ、その動きが止まった。


「これは……」


「ほっほっほ……儂が神力で塩を生み出し、動きを止めたのです。神力を奪う力が使え無くなったとはいえ、まだ触れるのはいささか危ういでしょうからな」


「すまない……助かった」


「いえいえ、礼には及びません。それよりもそろそろ黎明の刻ではございませんかな?」


 言われて見ると、空の闇はうっすらと明るくなり始めている。

 嵐の風はまだ少し強いものの雨や雲は切れ間を覗かせている。


「そうか……もう夜が明けるのか」


「キンマムンが逃げ出したのは恐らく光が迫って来るからでしょう。丁度良いですな、このまま天照大神の御力をお借りして黒き神気を祓いましょう」


「そんなことが出来るのか?」


「いかなる時でも魔や闇を祓う最も良い力は光です。例え、それが深きものでも僅かな光は濃い闇の中でも光るのです」


 シオツチがそう言うと森の奥から暖かな光の筋が入り始め、御殿を覆っていた闇が少しずつ後退していく。

 その光は傷ついたコウ達を癒やし、その内にある心に温もりを与えた。

 その反面、塩に囚われているキンマムンは今までに無い程の声で叫び苦しむ。


「ギャアァァァァァ――!」


 辺りを射抜くような叫び。

 その叫びにコウは冷や汗を流し、他の者達は背筋を震わせる。

 だが、それと共にキンマムンの黒い身体は消滅し、その場には純白の神衣に身を包み、短い黒髪をした女神が倒れていた。


「あれは――」


「恐らく、キンマムンの本当の姿だろうが……どうする? シネリキヨ」


 コウはキミテズリの問いに答えると自身は琉球の長であるシネリキヨに尋ねる。

 シネリキヨはそんな問いに躊躇いもなく答えた。


「答えるまでも無いだろう? キミテズリ、あの“客神”を御殿へと運んでくれ」


「はっ!」


 キミテズリはシネリキヨの命に応じると倒れている白いキンマムンの元へと駆け寄る。

 コウはその様子を暫く見た後、森の奥から射し込む光を見る。

 その光はまるで嵐の中、御殿を守ったコウ達を祝福するかのように優しく包み込んでいた。


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