死命の神
御殿の外へと勢いよく飛び出したコウは素早く辺りを見渡す。
篝火のように燃え盛っていた御殿の炎はいつの間に鎮火しており、その残り火の火種が瓦礫や木々に僅かながら燃え移っており、細々と燃えている。
どうやら、嵐の風雨により上手いこと火が消えたらしい。
しかし、嵐は過ぎ去ったという訳ではなく空は未だに轟々と鳴り続ける風が渦巻いている。
だが、その反面……御殿の周囲には風は靡いていない。それどころか、火が燃える音だけが響き渡り、辺りは異様な静寂に包まれている。
静か過ぎる……とコウが感じたのも束の間、突如御殿周囲の森の暗がりから幾つもの形の無い影が飛び出し、彼の目の前で集まり始め、やがて一つの巨大な黒い玉となる。
「フッ……ようやく本性を現したか」
コウがそう笑いながら呟くと、黒い玉から無数の目が見開き、それらは一斉にコウへと視線を注ぐ。
「……我二対峙スルカ、哀レナ神ヨ……」
「お前、言葉を話せるのか?」
黒い者が初めて言葉を発したことにコウは少し驚く。
そんな問いに黒い者達の塊である黒い玉は答えた。
「我ハ死シタ人間、神ノ恨ミ、憎シミ、呪イ二ヨリ生ミ出サレシ邪神……故二汝ラノ言葉ヲ解スルナド容易イ……」
「なるほど、ならば話しは早い。お前も神ならあるべき地へと帰ってくれ。そうすれば、俺達は何もしない」
「……ソノ願イ、聞キ入レラレヌ」
「……なに?」
「我ノ務メハ黄泉津大神ノ命二ヨリ、日二千人ノ人間ヲ黄泉ヘト送ルコト……ソノ邪魔ヲスルトイウノナラ、消エテモラウ」
「……務めは大事だが、それに関しては承服しかねる。この国には俺の“家族”がいる…………俺はもう誰も失いたく無い!」
殺めることが務め……それを聞いたコウは自身が決意した相手を“生かす”ということとあまりにもかけ離れていることに憤りを感じていた。
自身の考えを押し付けるのは良くない…だが、無闇な殺生も行わないと決意した矢先、自身の新たに出来た大切な者達が……何の罪も無い優しき者達が目の前で殺されようとしていることにコウはもはや耐えられなかった。
太刀を握る手に自然と力が込もる。
「我ノ言ウコトガ聞ケヌカ?」
「悪いが、聞けないな………もう一度だけはっきり言う。この地から去れ!」
「ソノ願イハ聞ケヌ、ト先程モ言ッタ筈ダガ?」
「……どうやら、これ以上の口上は無用みたいだな。独り言と何ら変わらない。人間の子供達の方がよほど聞き分けが出来る…」
「我ヲ供物ノ贄以下ト愚弄スルカ!」
そう怒号を発すると共に黒き玉が突如、巨大な長いモノへと変化しコウに迫ってきた。
コウは跳ねるようにそれを避け、地面に転がりながらも直ちに起き上がり、太刀を構えて睨みつける。
黒き長いモノはまるで大蛇のとぐろのように御殿に巻き付き、無数の目を開いてコウを見下ろす。
「我ハ君真物、ニライカナイノ地ヨリ遣ワサレシ、死ヲ与エ生ヲ喰ラウ神ナリ!」
「………我が名は荒覇吐。一柱にして二柱の荒神だ」
名乗りを上げた二柱を煽るかのようにこれまで静かだった御殿の周りに強風が吹き荒れ始めた。
それを皮切りにキンマムンは蛇のような動きで御殿を下り、コウへ再び迫る。
コウはそれに対し、高く飛び跳ねるとキンマムンの背に乗った。
「コヤツ!」
背に乗ったコウを振り落とそうとキンマムンは暴れ回る。
その黒き巨体が御殿にぶつかり、瓦礫を崩し、木々をなぎ倒す様を見たコウは自ら飛び降りた。
キンマムンの暴走により御殿が壊されるのを防ぐためだ。
キンマムンは暴れ回りながらもやがて天へと向かって巨体をねじりながら、一気に下降しコウへと迫る。
対するコウも軽く飛び跳ね、宙で一回転した後、キンマムンの頭目掛けて太刀を振り下ろした。
同時にキンマムンの身体が縦に両断される。
けれども、斬ったコウとしては何の手応えも無かった。
まるで流れる水を斬るような感覚……それを証明するかのようにキンマムンの斬られた身体はすぐに一つとなって再び黒い玉へと姿を変える。
黒い玉へと変わったカンマムンは瞬時に今度は四つ足の爪と牙の生えた獣のような姿に変貌した。
「また姿を変えたか……」
元より油断はしていないものの警戒を強めるコウは太刀を握る手に更なる力を込める。
それを見たキンマムンは飛び掛ってきた。
鋭い牙を生やした黒々とした口がコウを襲う。
コウは太刀を立たせキンマムンの開いた口に入れ込み、それを防ぐ。
だが、キンマムンは太刀を挟んだまま頭を激しく揺らし暴れた。
唯一の攻める手立てである武器を失えば、キンマムンを倒すことは出来ない……コウは奪われないように必死に太刀を握る。
キンマムンの噛む力は思った以上に強く、頭を揺らす動きも激しい。その場に踏み止まれず、コウの身体は宙で左右に弄ばれる。
やがて、キンマムンが激しく頭を上に向かって振った。
「くっ……!」
その急な力に耐え切れず、コウは天へと投げ出された。
得物を奪われ、無防備なコウの身体は宙を舞う。
けれども、コウは諦めた訳では無かった。
宙を漂う間、拳を作り…更には自らの身体を翻して、顔を上げたままのキンマムンの額目掛けて力強く殴りつけた。
その途端、コウは自らの力が抜けていくのを感じる。
どうやら、触れた拍子に神力を僅かながら奪われたようであった。
「……ッ!」
力が抜けた為か着地の際にコウはその場で膝をつく。
一方の殴られたキンマムンは一瞬だけ怯むも口に挟んだ太刀を離すことは無い。
そしてすぐさま、コウの方を向いて迫り、鋭い爪を彼に向かって振り上げた。
対してコウはまだ立ち上がることすら出来ない。
だが…武器も無く、神力も使えず、膝をついてキンマムンを睨みつけるコウの姿からはなぜか“敗れる”という気配は未だ出ていなかった。




