新たな黒き嵐
「アラハバキ様! ご無事ですか!?」
コウが琉球の人間達との絆を改めて感じている最中、聞き覚えのある声が彼の耳に届いてきた。
「この声は……ヤタか」
コウが声のした方を見ると謁見の間の入り口にはヤタの他にキミテズリやシネリキヨ、アマミキヨまでもがいた。
二柱の夫婦神は先程対峙した時のような雰囲気はなく、眼には光が宿っている。
どうやら、正気に戻ったようであった。
「アラハバキ……終わったのかー?」
「あぁ、今さっきな」
「話しは全て聞かせてもらった……ぬしには世話を掛けてしまったな」
「この琉球とそこに住まう者達の為に……なんとお礼を申し上げたら良いのか……」
「礼などいらない。俺は家族を守っただけに過ぎないのだから……」
コウはそう言って琉球の民達を見渡す。もはや彼にとってここに住む人間達は縁もゆかりもない者達では無くなった。
「だが……このまま何もしない訳にはゆかぬ」
「……だったら、一つ頼みを聞いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「この二柱の国津神……この者達の処遇を俺に任せて欲しい」
ミズキとガザミの方へ視線を移し、コウは夫婦神へ頼み込む。
シネリキヨとアマミキヨはその申し出に驚いた。
「アラハバキ、それは出来ぬ」
「アラハバキ殿、国で起こった大事はその国のしきたりにて罰するべきです。いくらあなた様の頼みでもそれは……」
「無論、俺とて無理難題を述べているということは承知だ。だからこそ、頼んでいるんだ」
「しかし……」
シネリキヨは迷った。
本来なら、自身の国の神や民を生かしておくなど考えられない。
ましてや、琉球を治める神であるシネリキヨとアマミキヨを利用したのなら、すぐにでも首をはねられてもおかしくはない。
しかし、今回のことは同じ国津神同士であるコウが解決へと導いた。
その琉球を救ったという功績はとても大きい。
琉球を危機に陥れたのも国津神、かたや琉球を救ったのも国津神……だが、その国で起こったことはその国のしきたりに沿って処断しなければ琉球の民達に示しが付かない。
下手に判断すると国津神へ恨みを抱いた者が本土へと渡り、同じようなことをするかも知れない。
そうなると、琉球は本格的に国津神達と争わなければならない。
シネリキヨとしてはそれは避けたかった。
民を危険な目に遭わせたくないというのも勿論あるが、何より彼自身が民を復讐という名の異形の者になることを望んでいないからだ。
けれども、コウから受けたこの大恩を無下にすることは出来ない。
どうしたものか……そうシネリキヨが悩んでいると、謁見の間にいた人間達の中から「ほっほっほ」とどこかで聞いたことのある笑い声が聞こえる。
「シネリキヨ殿。この老いぼれに良き案がございますぞ」
「む、その声はシオツチ……ぬしも居たのか」
人間達の群衆の中から出てきたのはワタツミの従神、シオツチであった。
その姿を見たコウは内心驚き……そして焦った。
(シオツチ……まさか今まで居たのか!? ということは俺とミズキ達とのやりとりも聞いている……しまった!)
コウの正体を人間達に聞かれる分には問題ないが、それを神……とりわけ天津神と繋がりのあるワタツミの従神、シオツチに聞かれたとなるとマズイことになる。
シネリキヨ達にはヤタが“アラハバキ”として話しをしていたようだが、ミズキ達は完全に“コウ”として話しをしていた。
その話しの中にはコウが国津神の長であるミズチと繋がっていることも明かされている。
今までのこの旅……天津神達の襲撃こそ無かったものの、これからはそのことも念頭に置かなければならない。
コウは密かに覚悟した。
「はい。とはいえ、この儂がいたにも関わらず琉球の大切な民達を守れなかったこと……お詫び申し上げます」
そんなコウの覚悟とは裏腹にシオツチは謁見の間に横たわる人間達の亡骸を見て頭を下げる。
「無理もない。ぬしは歳をとっている……その上、一柱だけで人間達を守りながら戦うのは難儀なことだ」
「本当に申し訳ございませぬ。アラハバキ殿がいなかったら今頃どうなっていたか……」
そのシオツチの言葉を聞いてコウは疑問を浮かべる。
なぜ、シオツチは俺の正体を明かさない?―――と。
「なので、せめてもの償いとして……シネリキヨ殿、アラハバキ殿。その二柱の国津神達の身、この儂が在するワタツミ様の元に預からせて頂けないでしょうか?」
「なに?」
この申し出にはシネリキヨだけでなくコウですら声を上げてしまった。
「この者達は見ていた所、海月と蟹の神……ワタツミ様は今、水や海に住まう者達を探しております。なにせ、海を治める役目を仰せつかまつりましてもとても海は広い。少しでも手が必要なのです」
「……なるほど、事情は分かった。だが、この者達は荒くれた国津神……ワタツミ殿の手には余ると思うが?」
「シネリキヨ、その心配はいらない。ワタツミ殿は広大な海を治める任に就いている。あのような広い場所を治めるというからにはよほど徳が高いのだろう。だが、シオツチ殿」
シネリキヨの言葉に異を唱えるコウだったが、彼は続いてシオツチへと言葉を投げかける。
「この者達は国津神の長の命を受け動いていた。聞く所によるとワタツミ殿は元天津神とのことだったが……そのような方の元に対となる国津神の者を差し出して良いものだろうか?」
「ご心配には及びませぬ。配下の者達もほとんどが国津神……しかも、手練が揃っています。そのような場所で異心を図ろうとする者は逆に無謀でしょう」
「なるほど…分かった」
全てを聞いたコウは頷き、シネリキヨへと顔を向ける。
「シネリキヨ。すまないがこの件、シオツチ殿に任せてみようと思う」
「ううむ、そうか……いや、正直わしも決めかねていた所だ。ならば、此度の件はシオツチに任せるとしよう」
「ありがとうございます」
シオツチは深々とコウとシネリキヨに頭を下げる。
これで万事解決……誰もがそう思った矢先、突然激しい揺れと不気味な地鳴りが御殿に襲い掛かった。




