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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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猛荒

 眼を蒼く染めたコウは身体全体に魚鱗の鎧を纏わせ、更に腕や背にも鰭ひれを生やす。

 彼が未だ幻に囚われていると思っていたミズキとガザミはそんな姿を見て、いよいよ乱心したかと嘲笑っていたが、やがてその怒りの視線が自分達に向けられているのだと知ると徐々に驚いた顔へと変わっていった。


「まさか……ワレらの幻を解いたのか!?」


「そんな…あり得ないわ! あれはきっと幻に対して言っているのよ!」


「幻じゃねぇ、俺の目の前にいるテメェらに言ってるんだよ。ミズキ! ガザミ!」


 半ば魚の姿となっているコウは怒気を混ぜ合わせながら二柱に向かって言い放つ。

 その言葉によってミズキとガザミはコウが完全に幻を解いたことを知った。


「くっ……馬鹿な! 今までどんな天津神もこの幻のとりこになったというのに!」


「ガザミ! 驚いている暇は無いわ! 私の毒がコウの身を封じている内に早く奴を殺しなさい!」


 ミズキの言葉にハッと状況を理解したガザミは巨大な蟹の鋏と化した腕を振りながらコウへ猛然と迫る。

 対するコウはその場から動かず、まるでガザミが自身の元に来るのを待っているかのように静かに佇む。

 その様子はまるで嵐の前の静けさ……その不気味な様子を見ていたミズキに突如悪寒が走る。


「まさか…待ちなさい、ガザミ!」


「死ね!」


 何か嫌な予感に襲われたミズキがガザミを制止しようと叫ぶが、その声が届かぬ間に鋏を開いたガザミがコウの首元目掛け突き出す。

 コウは素早くその場にしゃがみ込み鋏を頭上で避けると掌底でガザミの腕を真上へ弾け上げ、彼の開いた胴目掛けて拳を強く打ち込んだ。


「がはっ…!」


 防ぐ間も無く、殴られたガザミは大きく息を吐いて後方へと飛ばされ床に倒れこむ。


「そ、そんな……私の毒は確かに効いていた筈……髪で捕らえた時に毒を流し、動けなくなっていたのに!?」


 狼狽えるミズキを無言で見るコウは彼女の疑問に答える代わりに自身に絡みついたミズキの髪を勢い良く引き千切った。


「ぎゃあぁ!」


 短く鋭い悲鳴を上げながらミズキは頭を押さえてその場に座り込む。

 コウはようやく足を動かし、ミズキ達へ歩みを進めた。


「魚にもテメェと同様に毒を持つ奴がいてな……その力を使って毒を打ち消したんだ」


「毒を持つ……魚の力ですって……!?」


「あぁ、なんせ俺は魚の神だ。全ての魚の力を使うことが出来る」


「ぐっ……」


 コウがミズキへそう告げた時、倒れていたガザミがゆっくりと起き上がってきた。

 そして「はあぁぁぁぁー!」と雄叫びを上げながらコウへと再び襲い掛かる。

 コウは襲い掛かってきたガザミの腕を掴むとその腕を下げ、そこに自らの拳を入れる。

 その瞬間、鈍い音が周囲に木霊こだまし、ガザミの顔が苦痛に歪んだ。


「ぐあぁぁぁーッ! あぁッ!」


 折れ曲がった腕を押さえ、悶え苦しむガザミにそれ以上追い打ちはせず、コウはミズキへ歩み続ける。

 その間、痛みに苦しんでいる為かそれとも神力が削がれたのか、ガザミの泡によって奪われたコウの太刀が泡から解き放たれ床に落ちる。

 それでも、コウはそれを拾おうとせずミズキに向かって一歩一歩近付く。

 そうして、とうとう彼女の目の前までやってきた。


「っ……! コウ…!」


「テメェらのやったことは決して許せないことだ。……なにをやったか分かるか?」


「……あなたを幻を使って弄んだことかしら?」


 ミズキがそう答えた瞬間、コウは素早く彼女の首を掴み自身と目を合わせるかのように持ち上げる。


「ぐっ!」


 首を締められたことによる息苦しさと間近でコウと目を合わせ、その威圧を感じ取ったミズキは思わず声を漏らす。

 そんな彼女にコウは真っ直ぐな光の灯った瞳を向け、言った。


「俺のことはどうでも良い。天津神に対してそれをやったことも己の身を守るすべなのだから、俺はとやかく言わねぇ…だがな! 国津も天津も関係ない、この琉球に住む人間や神々を自分達の都合で苦しめたのは許されないことだ!」


 コウはそう言うとミズキをガザミの方へと投げ捨て、己の神力である紡技を使い太刀を自身の手元へと出す。


「ごほっ! ごほっ!」


「こ……これが……ミズチ様と並ぶ魚の神、コウの力……」


 ムセ込むミズキと腕を折られ、神力すらまともに扱えぬガザミは二柱揃って荒魂を己の中に納める。

 まはや自分達では敵わない……そういった降伏の証だった。

 その途端にガザミの荒御魂で作られた泡が消え、謁見の間は元の姿へと戻った。

 それを見たコウも自身の荒魂を閉じ込め、人間の姿へと戻る。

 だが、手の中にある太刀は依然として出たままだ。


「ツチグモといい、お前達といい……ミズチは一体何を教えていたんだ…………こうなったら俺が責の取り方というのを教えてやらなければな」


 コウは太刀を二柱の方へと向け、振り払うかのように構える。


 首をはねられる―――そうミズキとガザミが感じた瞬間、コウの持つ太刀が鋭い光を放ち、煌めいた。

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