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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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引き止める想い

「フフフ……上手く掛かったわ」


 ガザミの作り上げた泡の謁見の間でミズキは自身の髪に絡みつき、動かなくなったコウを見て口元に怪しい笑みを浮かべる。

 ミズキの毒は生き物を殺す毒から幻覚を見せる毒まで実に多彩だ。

 しかし、彼女の毒で殺すことが出来るのはせいぜい神にもなれぬ動物ぐらいで人間や神に対しては強力な痺れを起こす程度の毒にしかならない。

 毒が回ることによって生み出される幻も言葉で惑わす程度のものである。

 だが、そんな毒も彼女と共にいるガザミの神力をもってすれば、強力なものへと変わる。

 ガザミの神力によって生み出される泡はその者の心と記憶を元に幻をより鮮明なものとして映す鏡となる。

 それによって生み出される幻が何なのかは分からないが、その者に深く関わりのあるものであることは間違いない。しかも、ガザミの幻は触れることも可能だ。

 けれども、その反面彼の幻はミズキのものと違い、言葉を発しないというのが難点であった。

 幻聴と幻影……不完全な幻が互いの欠点を補い、完全な幻となる。それがこの二柱が得意とする幻覚であった。

 この二柱の幻覚によって彼らと対した天津神達は己に剣を刺して自刃したり、仲間を殺したりして散っていった。

 仲間を殺し、生き残った者もミズキの毒が身体を回っており、思うように動かぬ内にガザミに首を切られ、行きゆく末路は皆同じであった。


「……これならもう結果は見えたな。自身で果てるか……乱心するか……観ものだな」


 ガザミもミズキ同様、怪しげな笑みを浮かべてコウを見る。

 しかし、そんな二柱は謁見の間の隅で震えている人間達の中から鋭い視線を送る者の存在に気付いていなかった。




 ※※※※※※




「さぁ、コウ……」


 一方、ミズキとガザミの作り出した幻に囚われたコウはそんな二柱の存在も忘れ、自身に問い掛けていた。


 ―――自分は憎しみに囚われていたのか?

 他者を殺めることでしか何かを救うことが出来ないのか?

 自分の都合の悪いことは全部消しているのか? ……いや、違う。そんなことは思っていない。

 けれど、荒御魂に頼っていたのも事実。

 ならば、いっそスイの言う通りに自分からこの世界を去った方が良いのでは無いだろうか?

 どうせ、自分は他の国津神達から追われている身……その上、国津神という理由から天津神とも敵対している。

 家族もいない、友にも会えない……心配する者はおろか居場所さえ無いのだから―――


 コウは淀み始めた思考の中、スイから渡された短剣を強く握る。


「そうだ、コウ。早く、それを自身に突き刺すんだ」


 言われるがままにコウは短剣を自身の腹に向ける。

 そして、一息吐くと意を決して短剣を動かした。

 その時。


『コウ神様!』


 コウの頭の中に突如、幼い少女の声が響き渡った。

 ハッとしたコウは短剣が腹に刺さる寸前でその手を止める。

 下を向いて目に入ったのは首から下げた琥珀の玉……自身が永らく留まった厳寒の地、その土地で出会った人間の少女、クジから出雲へ旅立つ際にお守りとして渡された物であった。


『そう、落ち込むな。確かに寂しい思いはさせてしまうが、きっとまた戻って来る。……約束だ』


『…………うん、そうだね。コウ神様は約束を破らないもん。きっとだよ!』


『あぁ』


 出雲から逃げ、二度目の旅立ちを決意した時、コウはそう言って再び厳寒の地を離れた。

 思い返せば、居場所はあった……心配する者もいた。たった一人の人間の少女であるがコウを誰よりも気に掛けてくれた。

 それにクジだけではない。

 厳寒の地の他の人間達、アイヌラックル、ヤタやセキレイ、ミズチだって気に掛けてくれている。

 それに琉球ではシーサーやキミテズリ、アマミキヨやシネリキヨにも出会えた。


(そうだ……俺には立場を越えてもまだ仲間がいる! それに、スイは……アイツはこんなことを言う奴じゃない。アイツは……)


「急に手を止めてどうしたんだい? 怖いなら手伝ってあげるよ……」


 いつまで経っても短剣を突き刺そうとしないコウに業を煮やしたのか、スイがゆっくりと近づいて来た。

 コウはそれを見ると持っていた短剣を翻し、スイへと突き刺した。


「なっ……!」


「……スイ、お前は昔言ったな。『どんな者でも必ず必要としてくれる者がいる。だから自ら命を消すことはしてはならない』と……よく考えればおかしい話しだ。そんなお前がなぜ、自刃を勧める?」


「コウ……お前…!」


「消えろ、幻……二度と俺の友の姿で現れるな」


 冷たく言い放ち、短剣を更に深く突き刺すとスイの姿は消え、代わりに笑みを浮かべているミズキとガザミの姿が目に入ってきた。


「……戯れはそろそろ終わりだ。覚悟は出来ているだろうな?」


 怒りに燃える内なる心とは違い、コウの眼は深い蒼に染まっていた。


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