友との杯
「……で、一体どこの誰だ?」
洞窟へと入り、互いに杯を交わしたコウとミズチはそれぞれ一口ずつ口に入れながら、先程の話題へと入る。
「……結論から言うと、そいつは天津神だった。俺達とは真逆の存在……いわば初めから敵だった訳だ」
「そうか……やはりな」
ミズチは壺から自身の杯に酒を汲み入れるとそれを喉に流し込んだ。
「二百年前にお前の養父母神を殺した者……当時から犯人は天津の連中じゃないか、と疑っている者が国津に居たが……」
「それでも、そうだと言い切ることが出来なかった……なんせ、俺の父上と母上は身を焼かれて殺されていたからな…」
コウは幼き頃、ミズチと出会ったあの河原で独りで居た所を出雲の土地神として座していた後の養父母に拾われ、育てられた。
二柱の夫婦神は子供に恵まれなかった為か、見ず知らずも無いコウを大変可愛がり、コウもそんな二柱を心から信頼し、尊敬していた。
だが、そんな幸せな中……コウの養父母は二百年前のある日、身を黒く焦がされる程の火傷を負って、自身の息子と最初に出会ったあの河原で息絶えていた。
なぜ、殺されたのか……そんな疑問を持つ者は居なかった。
なぜなら、皆その理由に少なからず心当たりがあったからだ。
とはいえ、それは私怨などというありきたりなものではない。
当時、コウの養父母はその器量の良さから周りの神々達にある頼み事をされていた。
それは出雲を流れる河の任……つまり河の神への昇神である。
土地といった狭い場所を治めるより、河や山といった広い場所を治めるという事は神としての格が上がった事を表す。
その上、河というのは水を運ぶ道……つまり、その周辺の田畑や山々を根本から統べると言っても過言ではない。
そのような重要な場所を皆の信頼から任せられるというのは、大変名誉なことなのだ。
無論、コウの養父母はこれを快く受け入れた……そんな矢先に起きた今回の殺害である。
周りの者達は「敵対している天津神が殺した」「力を手に入れたい者が謀った」と口々に噂したが、どれも確固たる証拠にならなかった。
一方、恩人であり親を殺されたコウはその殺した者に復讐をするべく、中つ国の北から南までを旅して手掛かりを探していたのだ。
「でも、やっと見つけたんだ。俺の父上と母上を殺した者を……名だけだがな」
「一体、なんて名だ?」
「……そいつの名はカグツチ、というらしい。炎を統べる神だそうだ」
「カグツチ……か。確かに炎を統べる神なら、あんな炭のようになるまで焼くことが出来るだろうな」
ミズチは再び壺から酒を汲み、自らの口に入れ込む。
それに比べ、コウの杯には未だに白く濁った酒が入っている。
「…なぁ、少し飲み過ぎじゃないか?」
「平気平気、いつもこのぐらいだから気にするな。それより、コウはこれからどうするんだ?」
「俺はカグツチを探す為、また旅に出るつもりだ」
「旅、か……なぁ、コウ。それも良いが、そろそろ腰を据える事も考えたらどうだ?」
「…俺に仇を討つのを止めろ、と?」
「そうじゃない。ただ、探すのはお前じゃなく下に付く奴らの役割だという事さ」
「下に付く奴ら?」
コウがそう尋ねると、ミズチは杯の酒を一気に飲み干し、勢い良く地に置いた。
「あぁ。コウ……お前に国津神達を統べる長になって欲しい」