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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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泡沫の中の戦い

 軽く身構えるコウに対し、ミズキとガザミは躊躇なく彼へと迫った。

 二対一で有利かと思ったのだろう……しかし、その油断が隙を作る引き金となる。

 コウは迫り来る二柱を注意深く見た。

 ガザミが再び自身の腕を蟹の腕へと変えながら先陣を切り、その僅か後ろにミズキが控えている。

 先程、コウに対して行なった二柱の不意討ち……それを目の当たりにしていたコウは彼らの考えを読んだ。

 ガザミが目の前に迫り、変貌した腕を振り上げる。

 それと同時にコウは後ろへ下がるようにその場を離れた。

 その途端、ガザミが腕を振り下ろす前に彼の後ろにいたミズキが自身の髪を先程コウがいた辺りに飛ばしてきた。


「ッ! また避けられた……」


 舌打ちを交えながら苦々しくコウを睨むミズキ。

 そんな彼女を宥める訳も無く、ガザミはコウに向かって腕を振りながら近づいて来る。

 コウは暫く後退りしながらその腕を避けていくが、やがてガザミがコウの首を切ろうとしてか、腕の鋏を開けると、その時を待っていたかのように太刀を手に握った。

 そして太刀を振り下ろし、開いたガザミの鋏を受け止める。


「なにッ!?」


「はッ!」


 短く息を吐き、一瞬だけ太刀に力を入れてコウはガザミの鋏を僅かに斬り、後ろへ跳躍して離れた。


「ワレの鋏を裂くとは……」


 奥に亀裂の入った自身の鋏を見てガザミは言葉を震わせる。

 彼の隣へと来たミズキも相変わらず苦いものを噛んだかのような顔で苛立ちを露わにしながらコウを睨みつけた。

 そんな彼らとは違い、コウは平然とした様子で二柱を見る。

 しかし、その眼には穏やかさの欠片も無い。


「次はその身を裂いてやる」


「……ミズキ、どうやらこの者は本当にあの魚の神のコウらしい」


「えぇ、噂でしか聞いたことは無かったけど……あの荒御魂とこの実力を見る限りじゃ信じるしかないようね」


「……本気で行かないと殺られるぞ?」


「……分かってるわ。だから、アレを使うわよ」


 そう言った途端、ミズキの眼は白へと変わり、ガザミの眼は土のような茶色いものへと変わる。


「荒御魂か」


 眼を鋭く光らせ、コウは警戒を強める。

 そんな中ミズキの髪と身体は透明になり、ガザミは両腕を蟹の鋏にして口から泡を吐き始める。


「手から口へと……よほど泡遊びが好きみたいだな」


「……たかが泡でも甘く見ると酷い目に遭うぞ? コウ!」


 ガザミはそう言うと巨大な泡を無数に作り出し、コウに向かって放つ。

 コウは迫り来る巨大な泡を断ち切ろうと太刀を振るが、その刃は泡を斬ることは出来ず、逆にその中へと絡め取られた太刀は泡と共に宙へと浮き上がってしまう。

 浮き上がった太刀を取ろうとコウは自身の神力である紡技を太刀に向かって放つも虹の糸は泡に弾かれ、中にある太刀まで届かない。


「なにッ? どういうことだ?」


 訝しむコウだがそんな最中、何かが自身の腕に絡みつく妙な感触を感じた。

 注意深く腕を見ると透明な細い糸のようなものが彼の腕に絡みついている。

 その糸のようなものが放たれている方を目で追うと、その正体はミズキの透明になった髪の毛であった。


「フフッ……ようやく捕らえたわ」


 怪しく笑みを浮かべるミズキ……彼女がそんな表情を見せると同時にコウの身体に激痛が走り、身体全体が痺れるような感覚が襲い始める。


「……っ、これがお前の毒か……」


「えぇ、そうよ。私はありとあらゆる毒を使い、全てを操る。その者の行動から命まで……更にガザミの神力と合わせればそれは強固なものとなるわ」


 ミズキの言葉を受け、コウは警戒しながら周囲にばら撒かれた泡を見る。

 すると、身体の中に流れ込んでいる毒によるものなのか周りの景色がぼやけ、目が霞み始めた。

 目を一瞬閉じ、再び力一杯見開くコウ……そんな彼の目に映ったのは信じられないものであった。


「なっ!?」


 コウの目に映ったもの……それは彼が出雲を出て行く前にカグツチに殺された筈の親友の姿であった。


「な、なんでお前がここにいる……スイ……」


 コウは自身の目の前にいるスイに語りかける。

 スイはあの日、カグツチに殺された時と全く変わらない姿をしていた。

 カグツチによって無惨にもその身を斬られ、神力の炎で焼かれた身体はコウですら見るのに耐え難い。

 周りの景色は泡だらけの謁見の間と場所は変わっていないが、まるで時が遡ったかのような感覚にコウは囚われていた。

 コウに語りかけられたスイは微動だにしない。

 ここにきてコウは少しだけ理性を取り戻す。


(そうだ……ガザミは泡を用いた幻を使うとヤタが言っていた。これは奴が生み出した幻に違いない)


 ヤタから受けた言葉を思い出し、スイを睨みつけながら眼を蒼く染め始めるコウ。

 だが、その瞬間……幻である筈のスイがコウへと語りかけた。


「力をもって恐怖を制する……実に浅はかで単純だね、コウ。今までもそうやって……自分に都合の悪いことは全部消していったんだ」


「っ!? 違う!」


「いや、そうだよ。荒御魂に頼り、殺す衝動を抑えられず、力で解決しようとする……だから、自分の父上や母上、それに僕を失ったんだ」


「俺は……俺はこの力を他の者達を守る為に……」


「守る? その力を使い、行ってきたことは単なる殺戮だけだ。何かを守れた試しなんて無いじゃないか? 今だってその力を二柱の国津神やカグツチを殺す為だけに使おうとしている」


 スイの言葉にコウは思い当たることがあるのか言葉を詰まらせる。

 そんな彼に対し、スイは畳み掛けるように言った。


「殺める為だけに使う力で行う善など所詮は無意味さ。コウ、それでも善を貫き通したかったら……ここで自ら果てるべきだ。憎しみに囚われ、殺めることしか能の無い者がこの世界からいなくなる……それが最も良い善だ」


 そう言って、スイはコウの手の中に一振りの短剣を握らせた。


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