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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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ミズキとガザミ

「シネリキヨ様! アマミキヨ様!」


「案ずるな、気を失っているだけだ。直に目を覚ますだろう」


 倒れているシネリキヨとアマミキヨに慌てて駆け寄るキミテズリにコウは安心するように伝え、自身はヤタの元へと近付く。


「ヤタ、大丈夫か?」


「はい……しかし、申し訳ありません。あまりお役に立てなかったばかりか、お手を煩わせてしまって……」


「そんなことは無い。お前がシネリキヨの相手をしてくれていなかったら、俺はあの二柱を止めることは出来なかった……ありがとう」


 コウはヤタを立たせると御殿の方へと目を向ける。

 あの中にはまだこの状況を引き起こした元凶である国津神二柱が残っている。

 彼らを討たなければ何も解決しない。

 コウの心の中には、自身の友や知り合いをこのような目に合わせた彼らを“生かす”という気持ちが無かった。

 自身の中にある怒りの炎にどんどん木々がくべられ、勢いを増して燃え盛るのを感じる…………コウは目を閉じて、静かにその炎を鎮めた。


「……アラハバキ様?」


「なんでもない。荒御魂を使う者に起こるアレが来ただけだ……」


 ヤタはそれを聞いて無言で事の次第を悟った。

 荒御魂を使う者にしか分からない感情の暴走……荒ぶる神の側面を持つ荒御魂は時として大きな力を与えるが、それは同時に感情的になることでいつでも解放することが出来るということでもある。

 更に荒御魂は使う度にその感情の暴走を誘発してくる。

 感情が暴走したら最後……その神は荒御魂に呑まれ、ただの悪神……いや、獣と化す。

 故に感情を抑える強い心を持つことが必要であるが、コウもヤタも荒御魂に呑まれた神々を多く見てきた。

 だからこそ、彼らはあまり荒御魂を解放しない。

 解放するにしても少しずつ……一気に解放すればそれだけ呑まれる危険があるからだ。

 それでも、時に何かの切っ掛けで解放してしまいそうになることがある。

 ヤタは今のコウの状態がよく理解出来た。


「……さて、すぐにでも乗り込みたいが今この場に傷を負ったキミテズリだけ残し、シネリキヨ達を守らせるのは心配だ。…………ヤタ、ここに残ってキミテズリ達を守ってやってくれ」


「アラハバキ様一柱だけで行かれるつもりですか!?」


「あぁ。このまま奴らを野放しにしておく訳にはいかない、それにキミテズリだけを残していく訳にもいかないからな。……俺のことは気にするな。お前の気持ちだけ受け取る」


「……分かりました。ですが、あまりにも遅い場合はこのヤタも行きます。よろしいですね?」


「……フッ、ならば尚更早々に片付けないとな」


 コウは軽く笑い掛けると燃え盛る御殿に向かって駆け出して行った。




 ✼✼✼✼✼✼




 御殿の中を太刀を持ってひた走るコウ。

 黒き者達を問答無用に斬り捨てながら彼が目指す場所は謁見の間……恐らく、二柱の国津神はそこにいるだろう、とコウは読んでいた。

 そうして、彼はようやくその謁見の間の入り口である扉の前に到着した。

 深く息を吐きながら、走った際に乱れた呼吸を整え、コウは臆せずに扉を開いた。

 するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。


「……なんだこれは?」


 コウの目に映るのは厳かな謁見の間ではなく、一面泡だらけと化した謁見の間であった。

 その間の中央ではシネリキヨ同様に屈強で大柄な男神が一柱、手から無数の泡を出しており、その奥にある玉座には一柱の乱れた髪をした女神が優雅に座っていた。

 その女神の傍にはシネリキヨ達に使えていた人間の女が一人、女神の乱れた髪に身体を縛られ、口を開けて痙攣を起こしている。


「うふふ……震えちゃって、可愛い」


「あ……あ……助け………はぁっ!?」


「あらぁ? 毒が強すぎて気を失っちゃったわ」


「おい、あまり遊ぶなよ? この人間共はワレらがミズチ様に捧げる供物になるのだから……」


「分かっているわよ。でも、ちょっと味見だけ……ねぇ?」


 女神が怪しく笑みを浮かべながら謁見の間の隅を眺める。

 すると、そこには幾人もの人間が身を震わせて固まっており、その者達の周りには首や身体が半分に切断された人間の骸が転がっていた。

 屍の原野……そんな光景を満足気に眺めていた女神は、ふと謁見の間の入り口に立つコウの姿に気付く。


「あら、誰かしら?」


「見た事の無い神だな……」


「邪魔するぜ」


 首を傾げる二柱の神など気にせず、コウはゆっくりと彼らに近付いた。

 その足取りは軽いとも重いとも言えない。ただ…………強い。


「ほんの少し見ない内に随分変わったものだな」


「あら、あなた。ここに来たことが? どう? とても素敵になったでしょ?」


「俺は前の方が良かったな。これはあまり好きじゃねぇ」


 ムッとする女神に代わり、今度は男神がコウへと尋ねる。


「何をしにここへ来た?」


「友の代わりにあるモノを取りに来た」


「あるモノ?」


「あぁ、お前らが奪った……琉球とその人々だ」


「琉球は無理ねぇ〜。人間なら…返してあげるわよ!」


 女神はそう言うと自らの髪を振り回し、髪で縛っていた女をコウへと向かって投げつけた。

 コウは投げられた女を受け止めると、その場で僅かに身体を反らす。

 すると、彼の頬と髪を掠めるように女神の髪がすぐ横を通り過ぎた。


「……チッ」


 舌打ちをする女神を余所にコウは受け止めた女を紡技の糸を使って謁見の間から外に出す。

 そして、蒼く染まった眼で女神を睨みつけた。


「……人無くして神は成らず。そう誰かから教わらなかったか?」


「フンッ! 知らないわ、そんなこと…………ガザミ!」


 女神がそう叫ぶや否や突如、手から泡ばかりを出していた男神が素早い横歩きでコウへと接近し、蟹のはさみと化した巨大な豪腕を振る。

 だが、その鋏はコウの魚鱗に覆われた健腕に難なく阻まれてしまった。


「なに……!」


「魚の……鱗!? まさか!」


 何かに気付いて驚く二柱とは対称的にコウは普段と変わらず落ち着いている。

 いや、落ち着き過ぎていた。


「そうか……知らなかったなら仕方がない。俺が教えてやる……二度と忘れないようにな」


 男神、ガザミの鋏を弾いたコウは手に持っている太刀を握り直し、二柱に向ける視線に力を込める。

 その言い知れぬ威圧を受け、二柱はようやく本気になって身構えた。

 そして、同時に自分達が対峙している者の正体にも気が付いた。


「驚いたわ……私達と同じ国津神がこの琉球に紛れ込んでいたなんて……しかもその者が……」


「ミズチ様を襲撃し……その上、その友を殺したとがを持つ反逆者とはな!」


「あなたから教えてもらうことなんて何も無いわ! 逆に私達があなたの罪を償ってあげるわよ!」


「それは良い、ミズキ。ついでにこの者の首と琉球をミズチ様へ献上しようぞ!」


「……呆れて何も言う気になれねぇな」


 女神、ミズチとガザミの態度にコウは溜め息を吐きながら拳に力を込めて骨を鳴らす。


「まとめてかかって来い。物事がテメェらの思う通りにいかないってこと……俺が身をもって教えてやる」


 そう言って軽く腕を振ったコウは二柱を鋭く睨むと身体中に力を入れ、身構えた。

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