相対す夫婦の琉球武術
「……悪い、待たせたな」
操られたアマミキヨとシネリキヨに対峙するヤタの隣へコウは並び立つ。
「いえ……それよりもアラハバキ様、あの方の持つ二つの棒なんですが……」
ヤタはコウの詫びも気にせず、シネリキヨの方へと顔を向けて彼の得物について話し始めた。
二本の変わった形をした棒……コウが始めに気になったものである。
「あぁ、俺も気になっていた」
「あれはもしや、琉球にのみ伝わる旋棍という物では無いでしょうか? 琉球では本土の剣や矛に対して、小回りが効き、攻守に優れた堅い木を武器として扱うと聞いておりますが……」
旋棍……手を返す、すなわち棍を旋回することで攻撃と守りを瞬時に切り替えることが出来る武器である。しかも、軽くて丈夫な為、腕に力がある者が使うと剣以上の威力を発揮する。
「旋棍か。話しには聞いたことはあるが……さて、どんなものだろうな?」
コウはそう言うと手に持っていた太刀を神力で消し、手ぶらの状態になった。
「アラハバキ様!? なぜ、太刀を……!」
「俺はアイツらを元に戻す。そうしなければ、キミテズリが行ってきたことが無駄になる。……まぁ、俺はキミテズリとは違って優しくは出来ねぇがな」
「……フッ、なるほど。そういうことですか……」
ヤタはコウの言葉を聞いて笑みを浮かべると自身の荒御魂を封じ、徐ろに元の人の姿へと戻っていく。
「ヤタ、お前……」
「従います。そうでなきゃ、アラハバキ様に会いにここまで来た意味なんて自分にもありませんから……」
「助かる」
「いえ……来ますよ!」
アマミキヨとシネリキヨが同時に動いたと同時にヤタが声を上げる。
だが、声を発する前にコウは既に動いており、二柱の間合いに入っていた。
アマミキヨは持っている棒を、シネリキヨは旋棍をそれぞれ振るう。
コウは彼らの振ってきた得物を冷静に見極め、アマミキヨの棒を掴み、空いたもう片方の腕でシネリキヨの旋棍を防いだ。
同時に防がれたことにより二柱の動きは一瞬止まる。
その隙を突き、ヤタが高く跳躍してシネリキヨに向かって足を振り下ろす。
シネリキヨはそれに気付き、コウから離れてヤタの攻撃を避ける。
だが、棒を掴まれているアマミキヨは依然として動けない。
コウはそんな彼女に対し、胸の辺り目掛けて強く蹴る。
あまりに強い衝撃の為か、アマミキヨは思わず棒を離して後方へと飛ばされた。
「……シネリキヨの相手、頼めるか?」
コウはアマミキヨから奪った棒をヤタへと投げ渡しながら尋ねる。
ヤタはそれを受け取りながら、力強く答えた。
「お任せください!」
「くれぐれも無理はするなよ」
そう忠告したコウはアマミキヨへと素早く近付き、拳や脚を振る。
その攻撃をアマミキヨは防いでいく。
傍から見るとコウが有利だ。
だが、コウの戦いを数回見てきたヤタはある変化に気付いていた。
(コウ様……もしかして、わざと……)
太刀を使わず、荒御魂も解放していないが、コウの攻撃にはいま一つ力が無い。
いつもなら、先程の黒い者達同様に一気に勝負を着けられる筈だ。
やはり、操られている者には本気を出せないということか…………ヤタがそんな考えを巡らせていると、シネリキヨがその隙を見つけたのか、旋棍でたちまち持っている棒を打ち上げた。
「しまった!」
打ち上げられた棒は悪くもコウと対峙していたアマミキヨの手に戻ってしまう。
アマミキヨは棒を得ると、まるで水を得た魚の如く勢いよく攻め始めた。
彼女はコウに向かって棒を幾度も突き出すが、彼はそれらを巧みに避けていく。
やがて、しびれを切らしたのか……アマミキヨは突いていた棒をいきなり下の方へと振り、コウの足を払った。
「くっ!」
足を払われたコウは背から地面へと倒れ込む。
それを見たアマミキヨは倒れたコウへ向かって再び棒を突いてきた。
だが、棒が彼に当たるかと思われた寸前……コウは辛うじてアマミキヨの棒を受け止め、そのまま止める。
「うぉら!」
そして、棒ごとアマミキヨをゆっくりと宙へ上げ、彼女を自身の上方にある地面に向かって叩き付けた。
声は出さないものの大きく息を吐くアマミキヨ。
コウはすぐさま起き上がると、そんな彼女の腹部目掛けて、軽く拳を作ると力を入れて突いた。
更に息を吐き、一瞬見開いた後、アマミキヨは力が抜けるかのように目を閉じ、その場から起き上がらなくなる。
恐らく、気を失ったのだろう。
コウは気絶したアマミキヨをゆっくりと地面に寝かした。
その瞬間、どこからかヤタが転がり込んで来てコウの近くに倒れる。
「くっ……そ…………!」
「ヤタ、大丈夫か!?」
ヤタの身体の至るところには何かに強く打たれたように痣がいくつも出来上がっている。
致命傷となる傷にはいずれも程遠いが、痛みが身体の中に溜まっているせいかヤタはすぐに立ち上がることが出来ない。
「俺が行く。ヤタはアマミキヨの傍に居てくれ」
ヤタの状態を瞬時に悟ったコウはヤタの前に出て、今度はシネリキヨと相対する。
手を返し、旋棍を突き出した状態のシネリキヨは構えたままコウへと迫って来た。
一方のコウは拳を作り、岩のようにどっしりとその場から動かない。
やがて、近くに来たシネリキヨがコウの首筋に向かって強く旋棍を叩き付けた。
だが、コウは倒れずに踏み止まり、逆にシネリキヨの顔を強く殴りつけた。
殴られたことにより、ふらつくシネリキヨ。
その隙を突いて、コウは彼の両肩を掴むと軽く跳躍して地面に向かって自ら倒れ込む。
コウが倒れ込んだことにより、掴まれていたシネリキヨは勢いよく顔から身体全体を地面に叩きつけられた。
「……さて、これで大人しくなってくれれば良いが……」
ゆっくりと立ち上がりながら呟くコウ。
だが、その期待とは裏腹にシネリキヨもゆっくりと立ち上がってくる。
「やはり、そう上手くはいかないか……」
思わしくない結果にも関わらず、コウの言葉に落胆の色は見えない。
それどころか、僅かに口元を緩ませ余裕を見せている。
そんな彼とは対照的に操られているシネリキヨは虚ろな目で旋棍を構えた。
「本当のお前ならこれぐらい笑って済ませるだろうが……闘志も何も無い今のお前じゃ、長く戦うよりも一度で仕留めた方が良いだろう」
コウは身体全体に力を込めながら両腕を引いて構える。
それを傍で見ていたヤタは自身の身体が痺れるような感覚に襲われた。
いや、ヤタだけではない。
大気全体が震えている。
コウは神力を使っていないが、それでも彼の存在そのものが放つ神気に全てが怯えているのだ。
だが、ヤタにコウに対する恐怖心は無い。
恐らくこれは意思ではなく、その奥底に眠る本能が怯えているのだ。
そして、本能を揺さぶる神気は意思無き神すら怯えさせる。
操られている筈のシネリキヨが一歩後退ったのだ。
コウはその瞬間を見逃さず、目にも止まらぬ速さでシネリキヨへ向かい、身体ごとぶつかっていった。
突然の衝撃にシネリキヨは耐え切れず、突き飛ばされる。
だが、屈強な肉体を持つシネリキヨはそう簡単には倒れず、すかさず立ち上がろうとしてくる。
けれども、それより早くコウがシネリキヨに近付き、起き上がった彼の額に向かって強い頭突きを繰り出した。
「肉体ばかり屈強でも……鍛えられない所はある。妻と一緒に寝て待っていろ」
頭突きを受けたシネリキヨは再び背を地面に付け、また起き上がってくることは無かった。




