嵐の襲撃夜
「いきなり、御殿に二柱の国津神が現れてシネリキヨ様とアマミキヨ様を…………今はキミテズリ様が戦っているけど、あの黒い連中が……!」
シーサーの様子にただならぬ何かを感じたコウは彼が全てを話し終える前に風の如き速さで、シーサーを通り過ぎ、シネリキヨとアマミキヨの御殿へと向かった。
「お待ち下さい、アラハバキ様! セキレイ、この方を……」
「はい!」
ヤタがコウへと声を掛けるも彼にはヤタの言葉は届いていない。
仕方なく、ヤタはセキレイにシーサーのことを頼むと黒い眼を朱く染め、身体から黒い翼を生やしてコウを追うように飛んだ。
荒御魂を解放し、鴉の翼を得たヤタの力は凄まじい。
突風を身に纏い、森の木々を風でなぎ倒しながら目にも止まらぬ速さでコウを追う。
その結果、彼はかなり出遅れたものの瞬く間に走るコウへと追い付いた。
「お待ち下さい、コウ様!」
「ヤタ、お前……荒御魂を解放出来るのか!?」
「はい。ほんの少しばかりですが……それよりもコウ様、先走りは危険です! 今は策を練って……」
「こんな時に策を練る暇は無い!」
走るコウと飛ぶヤタの頭上には海上にあった黒い雲が覆い始め、強風と雷鳴を轟かせる。
「……それに状況は変わるんだ。策を練るのは御殿に着いてからでも遅くはない」
「分かりました。このヤタ、どんなことであれコウ様に従います!」
「……すまない。だが、ヤタ。今の俺はコウではなくアラハバキだ」
「……フッ、そういえばそうでした。申し訳ありません、アラハバキ様」
そんな話しをしている内にコウ達はようやく御殿の前に到着した。
そして、彼らはあまりの光景に思わず目を見開く。
「な、なんだこれは!?」
傍にいるヤタが驚くのも無理は無かった。
堅牢な造りである御殿は篝火のように炎で燃え盛り、その入り口には黒い影のようなモノが群がっている。
そして、御殿の周囲にはそこから逃げて来たであろう人々が逃げ惑っていた。
琉球の神々は人々を襲う黒い人の形をした影のようなモノと戦うが、異質な者達を相手にしている為か次々と倒れていく。
コウはその惨状を目の当たりにし、手に拳を作りながら自身の眼を蒼く染め上げていった。
そんな彼に呼応するように空からは滝のような雨が降り、どこからともなく烈風が吹き荒れ、稲光が漆黒を照らし出す。
恐らく、島に嵐が来たのだろう。だが、それはまるでコウの神ならではの気、神気そのものが現出しているようにヤタには感じられた。
「……消えろ」
コウの手の中に一筋の光が走り、そこから太刀が現れる。
太刀を持った手を引き、身を僅かに屈めたコウ…………そんな彼の身体からは虹色に輝く糸のようなものが無数に広がるように放たれ、人々を襲う黒い者達の身体に付く。
そうして、全ての糸が付いたのを見た彼は足に力を込め、勢い良く地面を蹴った。
すると、コウの身体は宙へと浮かび、真っ直ぐに糸を付けた一体の黒い者へと向かう。
黒い者へと近付いたコウは手に持った太刀を振り、一閃の下に斬りつけた。
斬られ、消えゆく黒い者を最後まで見ず、コウは同じように別の黒い者へと近付き斬り伏せる。
人々を襲っていた黒い者達は一斉にコウの方へと向くが、その間にも彼の太刀は踊るように黒い者達の間を舞い、次々と消していく。
そんなことを繰り返している内にいつの間にか御殿の周囲にいた黒い者達は姿を消していた。
「……海辺には俺が居た。なのに、なぜアイツらはここに居たんだ? ……まさか、海以外からでも現れるのか?」
ようやく立ち止まり、疑問の声を呟くコウにヤタはハッとなって我に返った。
自分達を助けた時同様、コウの鮮やかな戦いに思わず見惚れてしまっていた。
口調や逞しさは粗暴な国津神そのものだが、性格や丁寧さは天津神にもどこか似ているように彼には感じられた。
「どちらにせよ。御殿の中に居るニ柱の国津神が奴らを使ったのに変わりは無い。会って話す必要がありそうだな」
太刀を持ったまま眼を元の黒色に戻し、御殿の正面から堂々と入っていくコウ。
そんな彼にヤタもまた付いて行く。
巨大な石造りの門を開き、中に入ったコウは見覚えのある顔を見て思わず足を止めた。
燃え盛る御殿の中庭……降り注ぐ豪雨の中で血に塗れ、傷だらけとなったキミテズリが地面に手を付いている。
そんな彼の前には長い棒を持ったアマミキヨと二本の短い棒を持ったシネリキヨがいた。
シネリキヨの持つ棒は片方に短い握りとなる別な棒が付いた変わった形をしている。
「キミテズリ! (なんだ……あの変わった棒は? だが、それよりも……)………………アマミキヨ、シネリキヨ。これは一体どういうつもりだ?」
怒気を含み、二柱を睨みつけるコウ。
だが、彼らの眼には光が宿っておらず、虚ろとなっていた。
「おい、聞いてるのか!」
「あ、アラハバキ…………違うのさー、アマミキヨ様とシネリキヨ様は…………この御殿を襲った国津神に……操られてるのさー……」
「操られているだと?」
「何だか分からないが、国津神の一柱がシネリキヨ様の身体に手を触れた途端……あんな風に……」
「……恐らく毒を入れられたのでしょう。国津神の中に様々な毒を用いて神や人間を意のままに操る輩がおりますから……」
「……誰なんだ? そいつは」
「ミズキという名の海月の神です。主に天津神を殺めることを担っております。もう一柱……ミズキと共にガザミという蟹の神もおります。こちらは泡を用いた幻を生むのが得意です」
「……ミズキにガザミか。どうやら、御殿を襲った国津神はそいつらで間違いなさそうだな」
ヤタから事の次第を聞いたコウはキミテズリの前に立ち、しゃがみこむと彼を担いで立ち上がらせた。
その隙を突いて棒を持ったアマミキヨがコウ達へと襲い掛かる。
だが、棒を振ろうとした途端、アマミキヨはいきなり後ろへ飛び跳ね、その場を離れた。
すると、アマミキヨのいた場所に無数の黒い羽根が突き刺さる。
「アラハバキ様の背後は取らせない!」
「すまない、ヤタ。大丈夫か、キミテズリ」
「……っ……アラハバキ……悪いさー……琉球の守護神と呼ばれたワンが主神すら守れず、その上、敵の思うようにされるとは……」
「いや、何事にも間が悪い時がある……過ぎたことは気にするな。それにまだ取り返しは効く」
「……ワンはシネリキヨ様とアマミキヨ様を取り返せなかった。あの方々を傷付けることが出来なかった……何もせずにいるより、何かをした方が良いと分かっていても……出来なかった!」
キミテズリは目元を手の平で押え、泣きじゃくる。
今まで陽気だった彼がここまで感情を乱し、泣く姿は恐らく初めてだろう。
それを見たコウは近くの石垣の物陰に彼を下ろすと、いつも通り冷静な口調で彼に言った。
「気にするな。誰にだって出来ないことはある。そういう時こそ……傍には友がいる」
「アラハバキ……」
「お前は休んでろ。シネリキヨとアマミキヨは俺達が引き受ける」
コウの言葉にキミテズリは黙って頷く。
それを見たコウも黙って頷き返し、再び琉球の夫婦神のもとへと向かった。




