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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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潮流の翁

「アラバキ―、早くー!」


「アラハバキ、早く来るさー」


「あぁ。今、行く」


 コウが琉球に滞在してから七日が経った。

 彼は現在、シーサーの住処で厄介になっており今日はキミテズリを含めた彼ら二柱と共に浜辺へと向かっていた。

 なぜ、浜辺に向かっているのか…………それは、この琉球で作られている“塩”という物を見る為である。


「塩作りが見たいだなんて、アラバキは変わってるなー」


「いーや、シーサー。こいつは初めから変わってる奴さー。なんせ、アマミキヨ様とシネリキヨ様が御殿に居ても良いと言ったのに断ったんだからなー」


「ちゃんと居ただろう?」


「一日だけなー」


 コウが琉球で滞在するにあたり、シネリキヨとアマミキヨは御殿に留まる事を許し、薦めたのだが……肝心のコウはというと、そこに留まったのは宴の開かれた初日のみで、翌日からは御殿を抜け出し、道行く者達に尋ね歩きながらシーサーの住処である獅子神の小屋へと訪れたのだ。

 これには最初、シーサーとその親である獅子神は大層驚いたのだが、息子であるシーサーがコウに助けられた事を聞くや否や、獅子神は大いに喜び彼をもてなした。

 無論、驚いたのは彼ら親子だけでなくシネリキヨ、アマミキヨの夫婦も同様であったが、コウが事前にアマミキヨの世話役である人間に伝えていた為、大事にはならずに済んだ。


「ああいう所は苦手なんだ……」


「でもなー、勝手に抜け出すのは……」


「分かっている。でも、あの時はシネリキヨもまだ酔ったままでアマミキヨも寝ていたんだ…………三日にはちゃんと礼を伝えにまた御殿に戻った……」


「あ、そうだったのかー?」


「あぁ、流石に自分以外の者に頼んだだけじゃ無礼だからな……」


 涼しげな海風が吹き抜ける木陰の小道を歩きながら、三柱はそれぞれ語り合う。

 他愛の無い話しから琉球ならではのものなど……様々な事を話している中、コウはとある事を二柱へと尋ねた。


「なぁ、ヒヌカンって知っているか?」


「ヒヌカン様なら分かるよー! 顔は分からないけど……」


「ヒヌカン様はいつも面を付けてたからなー」


 この二柱の話しからヒヌカンという神は大層琉球の神々の尊敬の念を集めていたようだ。

 しかし、その素顔は双方共分からず、謎に包まれたままである。


「……どこに行ったか分かるか?」


「さぁ……何せ、務めを果たす為だけに全てを注いでいたからなぁ〜、ヒヌカン様は……」


「ヒヌカン様がどうかした?」


 いきなりヒヌカンについて聞いてきたコウに対し、シーサーは不思議そうに尋ねる。

 確かに、部外者であるコウが自身の仲間……しかも、たった一柱のみに関心を示すのは彼らから見ると疑問であろう。


「いや、ただ…………何となく気になっただけだ。ところで、島の守りはどうだ?」


 これ以上聞いても何も得られない、そればかりか下手にこちらが怪しまれてしまう…………そう思ったコウは自然に話題を変える。


「アラハバキが色々と教えてくれたお陰で、最近は黒い連中による被害は減ってきたさー。今は昼と夜の見守りの中で奴らについて調べているさー」


「そうか…………確かに得体の知れない連中ならば時が来るまで耐えるしかないな」


「まぁ、今は少しずつ守りを固めるしか無いさー………………おっ、アラハバキ。見えてきたさー!」


 コウと話していたキミテズリが突如、前を指差す。

 コウがその方を見るとそこは白い砂浜が綺麗な拓けた浜辺だった。

 その浜辺では上半身裸になった人間の男達が手にそれぞれ桶を持ち、海から海水を汲んでは砂浜に敷いてある藻に掛けている。


「これが塩になるのか……」


「アラバキ、これじゃまだ塩にはならないよ」


「そうなのか?」


「この藻に海水を掛け、出てきた濃い塩水を土器で煮詰めることでやっと塩が出来るんさー」


 シーサーとキミテズリはまるで子供のように夢中で塩作りを見るコウの姿に笑う。

 一方でコウはまじまじと男達の働いている姿を見ると何かに納得したかの頷いた。


「やはり何かを作り出すのは楽じゃないな……雪のように白いこの塩には多くの努力と苦労があるのだろう。だから、これはこんなにも綺麗なんだ……」


「ワン達は逆にその雪っていうものを見たことが無いからなー」


「僕も見たことが無い……」


「……見たことが無い? この琉球にも冬は来るだろう? その時には見られないのか?」


「ほっほっほ……旅の方、この琉球は冬であっても雪は降らないのですよ」


 コウ達が塩作りを見ながら雪について語っていると、彼らの隣に一柱の老体の男神が現れ、笑いながらコウ達の会話に加わってきた。

 老体の男神は上品な衣に身を包み、長い豊かな白髭を蓄えている。


「なんせ、暑くない日が無い土地ですからのぅ……あの雪という代物は寒く無ければ出来ぬものですから……」


「ありゃ、これはこれはシオツチ様ー。どうしてここにー?」


 キミテズリがシオツチと呼んだ老体の男神はまた「ほっほっほ」と笑う。


「儂も塩作りを見に来ただけですぞ」


「……シーサー。この御老体は一体誰だ?」


 キミテズリとシオツチが話している隣でコウはシーサーへそっと尋ねた。


「あの方は塩土老翁神シオツチノオジノカミ様。潮の海路を司る神様で海神、大綿津見神オオワタツミノカミ様の従神にして知恵者だよ。最近、よく琉球に来るんだ」


(シオツチ……ワタツミの従神か。確か、ワタツミは天津神であるにも関わらず中つ国へ下った特異な神だと聞くが……)


 生半可な知識しか持っていないものの天津神絡みである事に少しばかり緊張するコウ。

 国津神と天津神は水と油……もし、シオツチがコウの正体を知れば、どうなるか分からない。

 一夜とはいえ、コウはミズチから国津神の長に任命されていたのだから…………そして、そんな彼の緊張が視線となって伝わったのか、シオツチがコウへ話し掛ける。


「お若いのに見聞を広めようとは良い心掛けですなぁ……あぁ、これは名乗り遅れました。儂は塩土老翁神、今はとある理由からある神を探す為、この琉球におります。……お若い方、もし宜しければ名を伺っても良いですかな?」


「……荒神、荒覇吐神と申す者です。私もとある者を探す為、この琉球に留まっております」


「ほっほっほ。なるほど……では、儂もあなたも同じ目的というわけですか……良ければ、その探している方の名を教えて下さいませんか?」


「ヒヌカンまたはカムイツチ……もしくはカグツチというんだが……」


「……ふむ。ヒヌカン殿とカグツチ殿の名は聞いた事がありますが……どこにいるかは分かりませんなぁ」


「そうか……すまない。…………シオツチ殿の探している者、良ければ俺にも名を教えてくれないか?」


「……残念ですが、儂の探している者に名はありません」


「…………なに?」


「儂が探しているのは教養と実力に優れた神でございます。ですので、名はありません……そのお気持ちだけ頂きますじゃ」


「そうか……俺は明後日の明朝にはここを旅立つ…………力になれなくてすまないな」


「いえいえ。それでは儂はシネリキヨ殿の御殿に行くとしましょうかの…………それでは」


 ゆっくりとその場を去っていくシオツチの背を見送りながら、コウは再びキミテズリ達と塩と雪について語った後、自らも働く人間の男達と共に塩作りの手伝いを行ったのであった。


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