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ジンダイ  作者: 吉田 将
第二章 逃避行
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ヒヌカン

「……さて、これで人間は居なくなったな」


「……すまないな、他言無用なら無理に話さなくて良いんだが……」


 辺りを見渡し人間が居なくなった事を確認したシネリキヨにコウは申し訳ない、といった風に話す。

 今この場にはコウとシネリキヨ、アマミキヨの三柱しかいない。


「いや、別に他言無用という訳ではないのだ。ただ、ニライカナイについては深く関わるなと言っていたのでな……」


「関わりを禁ずる……ということは、やはりニライカナイは……」


「うむ。ぬしの申した通リ、黄泉の国ということになる。最も厳密には少し違うがな……」


「どういうことだ?」


「詳しく話すとニライカナイとはこの世界の黄泉ではない。いや、この世界の黄泉にも通じているが、異なる世界の黄泉にも通じているのだ。そして、ぬしが出会ったというあの黒き者達……あやつらは異なる世界の黄泉の住人ということになる」


 シネリキヨの言葉にコウは驚きを隠せなかった。

 東西南北……様々な地に赴いていた彼でさえ、この世界とは異なる世界があるなど知らなかったのである。


「黄泉平坂以外にも黄泉に通ずる道があるとはな…………それに、異なる世界があるなど初めて聞いたぞ……」


「わしら琉球には死した命はニライカナイへ去り、ニライカナイで生まれるとされている。つまり、命は二つの世界を行き来し続けるということだ」


「……なるほど。だから、命の根源でありながらも黄泉という辻褄の合わぬ地となっているのか。だとしたら、アマミキヨ。あなたもニライカナイから来たというのは本当なのか?」


「……残念ながら、私もシネリキヨも天よりこの地へ遣わされた為、ニライカナイから来た訳ではありません」


「わしらは元は兄妹であった……海に島を作り、そこに降り立ち、夫婦として契りを交わしたのだ」


 神々にとって近親相姦は当たり前の事である。

 中にはたった一柱で多くの子を成した、男神や女神さえ居る。

 そこには驚く事は無い。

 ただ、コウはアマミキヨが言ったある言葉に驚いた。


「天より遣わされた……? つまり、御二方は天津神という事か!?」


「まぁ……国津神のぬしにとってはそうであろうな。だが、今のわしらはもう天津神ではない」


「今は地上に降り立った神ですからね」


「元天津神だろうが関係ない。寧ろ、俺にとっては好都合だ」


 アマミキヨとシネリキヨは一瞬、そう言ったコウを警戒したが、彼には戦う意思は無い。

 コウが好都合だと言ったのは彼本来の用件に関してだった。


「……ここからが本題だ。俺が琉球に来た本来の目的……」


「……わしらの首か?」


「違う。俺は今、ある天津神を探して中つ国中を巡っている……アンタ達、カグツチという神を知らないか? 元天津神なら知っているんじゃないか?」


「カグツチ……あの方は生まれたばかりにイザナギ様に殺されたのでは?」


「なぜ、そんな死した神を探している?」


「……俺の両親と友の仇なんだ……だったら、近々この辺りに火の神が来なかったか?」


「ふむ、火の神か……カグツチとは関係ないかも知れんが昔、ヒヌカンという火とかまどを司る神がいたぞ」


「ヒヌカン?」


「この琉球において歴代最も多く貢献した最高位の神です。人々の生活において多大な影響を与えてくれました」


 ヒヌカン……また、火にまつわる神の名を聞いたコウはその者がカグツチだと確信した。


「……そのヒヌカンは今はどこにいるんだ?」


「この地にはもういない」


「なに?」


「ヒヌカンはある日突然、姿を消してしまったのです。誰にも伝えず、誰にも知られず……だいたい二百年程前に……」


「二百年前……」


 二百年前はコウの養父母が殺された年である。

 これは偶然なのか、それとも必然なのか……アイヌのカムイツチ、琉球のヒヌカン……この二柱がカグツチという同一の神ならば色々と辻褄が合う。

 だが、これら三柱が全く別な神であっても奇妙な事に辻褄が合うのだ。

 これは慎重に見極めなければならない。

 けれど、幸いにもその内の一柱は容姿が分かっている。


「そのヒヌカンは銀の髪に紅い眼を持っていなかったか?」


「……分らんな。ヒヌカンはいつも奇妙な面を付けていたからな」


「奇妙な面?」


「あぁ。いつも口をすぼめて息を吹き付けるような顔をした奇妙な面を付けていた。あやつは竈の神でもあったからな……」


 奇妙な面……それを聞いたコウは出雲で襲撃された事を思い出し、頭を抑える。

 頭の中で友であるスイが殺される瞬間、何も出来なかった不甲斐ない自分自身の記憶が巡り、何度も駆け回った。

 その様子を見たシネリキヨとアマミキヨが心配して声を掛ける。


「どうした? アラハバキ、大丈夫か?」


「きっと長旅の疲れが出たのでしょう……」


「……っ、いや……すまない、大丈夫だ。少し昔の事を思い出しただけだ」


「それでも顔色が優れんぞ?」


「理由はどうあれ、休息は必要ですね…………もし、急ぎの旅で無ければ暫くここに留まって下さい」


「おぉ! それが良い! そうしろ、アラハバキ。わしらは構わんぞ?」


「いや、しかし……」


「遠慮するな。よし、そうと決まれば早速……宴の準備をしなければな!」


「ごめんなさい、アラハバキ殿。夫が勝手に決めてしまって…………もしかして、本当は急ぎの旅でしたか?」


 コウが一度断ろうとしたのを見てか、アマミキヨは不安げに彼に尋ねる。


「…………いや、俺の旅は別に急いでいる訳ではない。ただ迷惑になるのでは、と思っただけなのだが…………これを見る限りじゃ、断った方が迷惑みたいだ…………そのご厚意、ありがたく頂戴致します」


 二柱に対して深々と頭を下げるコウ。

 こうして彼は暫くの間、琉球に留まることにしたのであった。

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