アマミキヨとの謁見
キミテズリの後に続き、海岸から森の中に入っていったコウは辺りを見渡す。
森の中には石が積まれ、壁となっている石垣があり、木の上には枝を集めて作られた鳥の巣のような家が幾つもある。
暑い土地故の涼を得る工夫なのか……だが、それにしては粗末な造りである。
恐らく、急拵えであろう……コウがそう思うにはある理由があった。
(石垣が所々崩れている……それに周りに落ちている太い倒木……幹の皮が綺麗に剥がれている……恐らく、家屋として使っていた物だろう。嵐や波が押し寄せた程度じゃ石垣は崩れない……となると、あの黒い者達が攻めてきたのか?)
旅をして過ごしてきたコウはよく周りを見る。
その為か、言わずともその土地における大体の事情を察することが出来るのだ。
「……あの黒い連中はよくここに来るのか?」
「あぁ。毎晩毎晩、日が落ちてから昇るまでずっとさー。しかも、この季節になると嵐もよくやって来る……おちおち寝てられんさー」
「そんなに嵐が来るのか?」
「夏から秋に掛けて多いさー。まぁ、嵐は仕方無いが……あの黒い奴らは何とかしたいさー」
「お前……守護神なんだろう? 何とかならないのか?」
「厄災なら何とかなるけど……多勢で、しかも毎晩来られるんじゃいくら何でも無理があるさー」
確かにな……とコウは自身の中で同意する。
神とはいえ、万能ではない。
神にもそれぞれ得意な部分がある。それをそれぞれの神々が生かし、人間の生活に幸を与えているのだ。
全てに精通している神は主に大神と呼ばれている。
大神という程の位を持つ神…………コウはただ一柱だけ知っている。
(天津神のアマテラス……奴程の力で無いとあの黒い者達はどうにも出来ないか……)
天照大御神…………高天原に座する天津神達の頭目であり、国津神にとって倒すべき存在。
コウがまだ襲撃の嫌疑を掛けられる前に行われた宴の席にてミズチがしきりに口にしていた名前でもある。
ミズチはアマテラスを討つことを呪いのように唱えていた。
彼の隣に居たコウは酔いもあってか、それをほとんど聞き流していたのだが、ふとその名前が頭に浮かんだのだ。
「なるほど……それこそ、アマミキヨには頼まないのか?」
「うーん、頼んでも良いんだけど……あまりアマミキヨ様の力は頼みたくないのさー」
「どうしてだ? このままじゃ良くなるどころか悪くなる一方だぞ?」
「そうなんだけど……アマミキヨ様は島の人間達に農耕を教えたり、他の島を作ったりで忙しいのさー。だからあまり、迷惑は掛けられない…………それに今日は昼間にあの黒い連中が出てきた……守りを強くしなければいけないさー」
「……なるほどな。元を絶たない限り、どうにもならないか……」
「でも、元も何も……正体がよく分からないから困ってるんだわさー…………おっ、アラハバキ。見えてきたさー」
コウと話していたキミテズリが突如、前の方を指差す。
コウがその方へ目を向けると、そこには石が幾重にも連なって出来た屋根と様々な木の幹で出来た柱、巨大な石造りの門を備えた巨大な御殿が姿を見せた。
「夜や嵐の日には皆、あそこに入るんさー。造りが丈夫だから黒い連中の襲撃にも耐えられるんさー」
確かに、見るからに頑丈な御殿なら逃げ込むには適しているだろう。
だが、コウは逆にここは危ないと感じた。
一見すると石の塀に囲まれて頑丈な造り……だが、それ故の欠点があった。
(…………まぁ、アマミキヨに直接話せば済むことだ)
「……どうしたのさー? アラハバキ」
「…………いや、何でも無い。行こう」
キミテズリを先導させ、御殿の中に入ったコウは暫く歩いた後、大きな扉の前に来る。
「この先がアマミキヨ様とシネリキヨ様が座する間さー。失礼の無いようになー、アラハバキ」
「お前には言われたく無いがな……」
「失礼します、アマミキヨ様。シネリキヨ様。客神を連れて参りましたー!」
元気よく入るキミテズリを半ば呆れと苦笑で見つつ、コウも彼に続いて中に入る。
中に入ると、そこには純白の衣を身に纏った多くの人間の女と一際高い段に座している褐色の肌に薄紫色の長い髪を持つ女神が座していた。
「よく黒き者達を追い払いましたね、キミテズリ。…………そちらの方は?」
「……黒き者達を追い払い、シーサーを助けたのはワンではありません。実はこの者で……ワンは逆に……」
「お初にお目に掛かります、アマミキヨ殿。私は荒神の荒覇吐神と申す者です」
キミテズリの守護神としての立場を理解してか、コウは全てを喋らせまいと彼を制し、勝手に自ら名乗り出る。
「確かにかの者達を討ったのは私でございますが、キミテズリ殿は務めをきちんと果たしていますのでご安心下さい」
「そうですか……わざわざ遠方よりはるばる来訪された上、私どもの家族を助けて頂きありがとうございます」
「気にするな、たまたま居合わせただけだ」
「おぉい、アラハバキ! いくら何でも、元に戻るの早すぎるだろう!?」
自らの紹介のみ丁寧に話した後、元に戻るコウに対し、キミテズリは声を大きく出して驚く。
だが、当のコウは気にしている素振りなど一切無い。
「初めて対面する目上の相手には丁寧に名乗り出る、時と場合によっては丁寧に話す…………これは中つ国での儀礼のようなものだ。だが、それ以降は元の自分のまま話す…………いつまでも取り繕うように話すのは苦手でな。例え、相手にどう思われようが俺はこうしている」
「そうか……お前、芯が強いんだのー」
「ふふふ……面白い方ですね」
焦りで冷や汗を流すキミテズリとは違い、アマミキヨはその光景を微笑みながら見ている。
「ところで、アマミキヨ。色々と聞きたい事があるんだが……」
「おい! さっき失礼の無いようにって言ったばかりだろう!」
語尾を伸ばす事すら忘れてしまう程、キミテズリは慌てる。
彼は、ようやくコウの一面を少し知る事が出来たのであった。




