ニライカナイのシ者
「さて……ここで良いだろう」
キミテズリを少年と共に担ぎ、浜辺近くにある木陰まで運んだコウは彼を寝かせると、倒木の幹に座りながら一緒に来た少年を見る。
少年はまだコウに怯えてはいるものの、逃げようという気は無いのか、その場に立ち尽くしていた。
「…………今の内に紡技でお前達の言葉を話せるようにしておくか」
コウは少年を見たまま眼を黒から蒼へと変化させると、彼に向かって虹色に輝く糸のようなものを指先から少年の頭に付ける。
それに驚いた少年はその場で尻もちを着いてしまうが、頭に付いた糸のようなものは瞬く間に消えていった。
「よし。これで良い……………いきなり驚かせてすまなかったな。大丈夫か?」
「ふぅ〜……全くだよ。………………って、あれ?ぼく、お兄さんの言ってることが分かる!? なんで? どうして?」
「俺の神力でお前の使っている言葉を話せるようにしたんだ。…………俺はアラハバキ。お前の名は?」
「ぼくはこの辺りを治める獅子神の子供で獅子長のシーサー。さっきは危ない所を助けてくれてありがとう!」
シーサーと名乗った少年は言葉が通じるようになると改めて礼を述べ、コウに向かって頭を下げた。
犬のような外見とは裏腹に獅子らしい。
「気にするな。それよりシーサー、さっき襲ってきた黒い奴らは何者だ? なぜ、影のような姿をしている?」
「あれは……ぼくにも分からない。数年前にニライカナイからやってきたんだ。言葉も話さないし、唸るだけだし………でも、無数にどこからともなく湧き出てくるし……」
「……ちょっと待て。一体、そいつらはどこから来たって?」
聞き慣れない言葉が出てきた為、コウはシーサーの話しを一度止める。
幾ら言葉が通じるようになったからといって、その地に伝わる地名まで分からない。
「ニライカナイ」
「その、にら……何とかはこの琉球にあるのか?」
「ううん。ニライカナイはこの琉球において海の彼方……或いは地底とされる豊穣と命の根源なる異界なんだ」
(地底……もしかして黄泉のことか? だとしたら、あの黒い者達は黄泉に住まう者……)
黄泉……全ての命ある者達が行き着く最期の場所。
それ故、その場所は禁じられた地として生者は絶対に行くことが許されない場所でもあった。
中つ国の下にある死と穢れに塗れた死者の国……そこに生者が行くには黄泉平坂という道を通らなければならない。
だが、各地を渡り歩いたコウでさえ、この黄泉の国には決して行こうとはしなかった。
無論、そこで殺された養父母に会って話しを聞けば全ては解決する。
けれども、黄泉の国についてはその養父母が存命中の頃に彼らから関わることを厳しく禁じられていた。
それに、噂では黄泉の国で火と水で炊いたものを食べた者は姿が醜悪となり、決して地上へは戻れないと聞く。
コウはそんな養父母の姿は見たくなかった。
(…………本来なら黄泉の連中とは関わりたく無かったが、過ぎた事を嘆いても仕方無いな)
「アラバキ?」
「…………何でも無い。ところで、アラバキってなんだ? 俺はアラハバキだが…………」
「だって、名前が言いづらいから……」
首を縮めて恐る恐る話すシーサー。
それを見たコウは困ったように頭を掻いた。
「別に怒っている訳じゃない。言いづらいなら好きに呼べば良い。…………さて、話しが逸れたな。さっきの連中については分かった……じゃあ、次はこの琉球について教えてくれないか? 来たばかりで分からないんだ」
コウが怒っていないことと好きに呼んで良いことを許可されたシーサーは顔に明るさを取り戻し、元気になって琉球の事について話し始めた。
「うん! ここは琉球……中つ国の最も南にある土地でいつも太陽の熱と光に照らされているんだ。この琉球を治めている方はシネリキヨ様とその奥方様である阿摩美久様……でも、島を作って、人間達に農耕を伝えたのはアマミキヨ様だから、この琉球はアマミキヨ様が治めているようなものだけどね。……そういえば、アマミキヨ様も天空かニライカナイから来たっていう噂があるみたいだけど、どっちから来たんだろ?」
(ニライカナイから来た? じゃあ、ニライカナイは黄泉の国じゃないのか?)
新たに疑問が芽生えたコウはシーサーに向かって尋ねる。
「そのアマミキヨには会えるのか?」
「会えるけど…………琉球の御殿に居るからなぁ。普通じゃ会えないよ」
「どうすれば会える?」
コウがまくし立てるように、シーサーへ尋ねた時だった……
「……っ、たた…………あぁ、痛い……」
コウに敗れ、気を失っていたキミテズリがゆっくりと起き上がってきた。
「やっと起きてきたか」
「ん? ……うおぉ! アンタ、まだここに居たのかー!?」
起きてきたばかりのキミテズリは近くに座っているコウを見て驚き、距離を空けて再び構えるが、その二柱の間にシーサーが慌てて入ってくる。
「キミテズリ様! アラバキは我々の敵ではありません! この者はぼくをあの黒き者達から救ってくれました」
「……なに?」
構えていたキミテズリはシーサーの話しを聞くと構えを解き、いきなり「はははは!」と声を上げて笑った。
「はははは……そうかそうか、そうだったのかー。いや、悪いことをしたな……すまなんだ」
「いきなりどうした?」
「いや、シーサーを助けてくれていたとはな。ワンはてっきり、あの黒い者達の仲間と思ったぞ。いやー、すまなんだ」
語尾は伸ばしているものの、何度も頭を下げて詫びるキミテズリ。
どうやら、相当反省しているみたいだがコウはそこまで大それた事をしていない。
「いや、気にするな。それにそこまで詫びる程の事でも無いだろう?」
「いーや、そこまでの事さー。誰であろうと琉球に住む者は皆、家族……家族を守ってくれたんだ。ちゃんと礼をしないといけないさー」
琉球に住む者は皆、家族…………キミテズリの言葉にコウは深い感銘を受けた。
国津と天津の争いを幾度も見ていたせいか、それとも琉球が彼らの争いに参加していないせいか……どちらにせよ、そんな考えを皆が持っていたら争いなど起きない筈なのに、とコウは思った。
「キミテズリ様、アラバキはアマミキヨ様に会いたいと申しております。この際、挨拶も兼ねてアマミキヨ様に会わせて頂けないでしょうか?」
「おぉ、アマミキヨ様にか。そうかそうかー、ならワンが御殿まで案内するさー。アラハバキ、ワンについて来るさー」
キミテズリはそう言うとどこかへ向かって歩き始める。
コウはその姿を目で少し追った後、シーサーへと向き直った。
「ぼくはこの後、隠れている皆に黒き者達が消えた事を伝えに行かなくちゃいけないから……」
「そうか、誰も居ないと思ったのは身を隠していたからか…………すまない、色々と教えてくれて」
「ううん、お礼を言うのはぼくの方だよ。ありがとう。それよりも早くキミテズリ様の後を追わないと…………あの方はどんどん先へと行ってしまうから……」
「フッ……そうみたいだな。それじゃあ、シーサー……またどこかで会おう」
「うん、またどこかで……」
コウはシーサーに別れの挨拶を行うとキミテズリの後を追う為、その場を離れていった。




